小さな声で、とと、とつぶやいた。
あいつはいつも「とと」とあの人を呼んでいた。
俺もずっと、呼んでいた。
あいつに向けられる笑顔を、待ち望んでいた。

ずっと。

あの人に似た青い目をした外人は
俺の性器を口に含んで、あふれる汁を丁寧になめている。
人になめられるのがこんなに気持ちいいとは思わなかった。
ととに似た人。
頭を押さえつけて、その舌の感触を味わいながら、
俺はととのことを考えていた、
あの人も、恋人がいただろうか。
恋人の性器をこんな風になめたのだろうか
あの人も、こんな愛しげに
恋人を愛すのだろうか。

自分が衝動を抑えられない「淫魔」だということに気づいたのは18の頃。
普通より遅めに、性の魔力に目覚めた次の日。
ととの手に髪を触れられ、目がくらむほどその「心」を吸った次の日。
―淫魔は心を吸う、心の感情を性的快楽に変換する。

 ずいぶんのびたね。

ととの言葉はすべて覚えてる。

 きらないの?

久しぶりにのせられたととの手のひらの温かさ、
次の瞬間「吸って」いた、ととの心の本音。

俺のこと、これっぽっちも愛してなんかいなかった、
何となく分かっていたけど。これっぽっちも。


嫌悪していた。

心の底から


俺に触ることさえ、


いやがっていた。


外人が、顔を上げた。はあはあと荒い息をついてる。
さっき足をなめさせた。
俺が、好きなんだって。どうしようもなく好きで、だから抱きたくて、
笑ってしまった。あの「惚れ薬」は本当によく効く。高いだけある。
持ち金すべてつぎ込んだだけある。

最初、嫌ってたくせに、俺としゃべる度、体ごと緊張させてさ。
俺が嫌いだったくせに。

「いれたい……?」

「いれ……たい、です」

奇妙なイントネーションで外人が言う。
なんて名前だっけ。
確か、ハネとかそんな、おばあちゃんぽい名前だ。

「じゃあここもなめて」

尻を広げて、まだ誰も触れたことがない、アナルを見せつける。
ごくっと、ハネがつばを飲み込む。
そっとハネがそこに唇を近づけた。

ハネの舌が、くりゅくりゅと回りをなめ回す。
そっと人差し指が入ってきた、あッというと、すぐ抜く。
「ご、ごめんなサい、いた、い?」
「いいよ……いれて」

ハネの指は優しかった、俺のキモチイところをなんとか探り出して、
何度もゆっくり油送を繰り返す。
自分が快楽の高みにのぼっていくのを、冷静な気持ちで見ていた、
あの薬の効き目は25時間。もう5時間経ってる、ハネと過ごす一日。
ハネを自由に操って、ハネに愛される一日。

待ち望んでいた一日。誰かに愛される日。

ハネを見る度、ととを思い出した。
捨て子たちを育てる「とと」。
せいふのたてたこじいん。
ととはその職員だった、ただそれだけ。
俺だけのとおさんじゃない、恋人じゃない。そんなこと分かってる。
ただ、ととは、とても優しかった。

嫌っている人間にも、優しかった。
あいつにも―俺にも。

あいつはいつも誰かに好かれてた、俺もあいつが好きだった、
優しくて無邪気で、ととはあいつといつも一緒にいた。
うらやましくて仕方なかった。
俺はあの頃まだ子供で、なぜととにこんなに惹かれるのか、
ととに―みんなに嫌われるのがなぜか分かってなかった。
俺のつぶれた右目を誰もが嫌悪していた。
あいつとととだけ、少しでも、一瞬でも、優しくしてくれたのは。
ととは俺に微笑んでくれた、あいつは俺に話しかけてくれた、
心が他にあったとしても、その時は気づかなかった、
嬉しくて嬉しくて、あいつが「とと」と呼んでるのに気づいて
俺もととを「とと」と呼んだ。だから余計嫌われたんだ、今なら分かる。
あいつらは、本当の親子だったんだ。
何の理由があったのか分からないけど、
ととは自分の息子を、あの施設で一緒に育ててたんだ。

俺も愛されてみたかった、誰かに―ととに愛されてみたかった。

ハネがはあはあいいながら俺の顔まで体をあげた。
「ちゅ……したいでス」
「……いいよ」
はあはあ、はあはあ、
ハネの唇の感触と吐息を味わいながら、
絶頂に似た幸福感を味わう。
ハネのぬくもり。ととのぬくもりも、きっとこれと同じ。
「ハネ……」
「はい」
「目に……キス、して」
「……」
「しろ。俺が好きなんだろ」
笑いながら―誰を。俺を。―目を閉じる。ハネが少し躊躇して
―ああ、薬が効いていても、この醜いつぶれた跡はいやなのだな―
左目にキスをした。どかっと腹を蹴り飛ばす。ぐっと奇妙な音をたてて、
ハネが離れた。
「右目だよ。分かってんだろ」
「……」
「うつらねぇよ、だたの『跡』なんだからさ。
いいからしろよ、しねーといれさせてやんねぇぞ」
ごくっとハネののど仏が動く。
そっとハネの唇が近づく。もういきそうだった。その感触、
ハネが嫌っていた右目、誰もが嫌った右目、ととが嫌った右目に、

ハネがきすしようとしてる。

ハネの唇が触れる。そのあまりの―予想していなかった
愛しそうな動きに、涙が出そうになった、
まやかし、幻想、それでもいい。これだけ、愛されてる。
この未来誰に愛されなくても、誰に憎まれさげずまれても、
この一度、この瞬間があれば、
俺はもう、なんもいらない、きっと、生きていける。
ハネ、と小声でつぶやきながら、ぎゅううっとハネを抱きしめた。
ぎゅううっと。ハネが、何か神さまのものでも扱うかのように
俺の右目をあいしてる。

気がついたら、ハネがぼおっと俺を見ていた、
目をあけて、―少しにじんでいた涙をごまかすように、
笑った、何見てんだよ。

「あなた、の、目にキス、したか、た」

「いいよ、そんなこと言わなくても」

そんな嘘、言わなくても。もういっぺん、少し笑った。

「それより、いれたかったんだろ?
いれていいよ。痛くしたら承知しないからな」

見たら、ハネのは少しなえていた。
さっきまで痛々しいほど勃起していたのに。

「ハネ……、ちょっと立って」
「……?なん、デ」
「いいから」

ぼおっとした顔のまま、ハネが立ち上がる。
腰に唇寄せて、ちゅっと吸った、
ハネがびくっとする。
それを口に含んで、舌で舐めながら、ゆっくり出し入れすると、
ハネがうう、あ、といいながら、俺の髪を触った。

―あの人のように。

「だめ……サキ、だめ」

名前を呼ばれて少し嬉しくなる。ああ、俺今、ハネの舐めてる。
すぐにハネは起立した。さきっぽからあふれる液体を吸って、
ハネを見上げる。

「きて」

横たわった俺の上に、快楽に濁った目で、ハネがおおいかぶさった。

はあはあ、はあ、はあ。

ハネの性器がはいってくる。痛みより、喜びの方が大きかった、
ハネとひとつになってる。

ハネに突かれながら、少しの痛みと指先が震えるほど快楽と
それよりも、強いわき上がる歓喜に心ごと没しながら、
ハネを抱きしめた。
ハネは俺を突きながら、泣きそうな顔をして俺にキスした、
何度も、なんども。
俺はただただハネの温かさが嬉しかった。


おれはしってた、こうなってしまえば、ためさずにいられないこと。
25時間なんて、もたないこと。


【はねをしょうきにもどすほうほうがひとつある。
「すえばいい」
この惚れ薬の魔力はよわいから、ちがうまりょくをかければきえてしまう。
すえば、まりょくがきえる】


吸わずにいられないと、分かっていた。
ハネにキスされた瞬間、ハネが、夢中でもう一度、俺の右目にキスした瞬間、
吸わずにいられなかった。―そんなこと、分かってた。
ととを吸った時と同じ、心が流れ込んでくる、
ハネは俺を愛してた、心の底から―惚れ薬の魔力で。
俺は絶頂した。ハネの愛を感じながら、
今までで、多分、これからも一番強い快楽を感じた。
吸い続けた、ハネ、ハネ、と呼びながら、吸い続けた、
自然に涙が出た。
愛が―衝撃に―衝撃が―驚愕に、かわるまで。


ハネは、荒い息をはきながら、ずっと俺を見ていた。
俺は絶頂の余韻に浸りながら、ハネから手を離した。
力を入れすぎた手は離れても、ハネの体に跡を残していた。

本当はこの後、一緒に寝て、朝自分が少しだけ早く起きて、
ハネの寝顔を見て、起きたハネに、笑いかける―ハネかわいいね、な、俺の体、
気持ちよかった?そしたらハネは言う、うん、今までで一番。そしたら俺は言う、ハネ。

ハネ。


ハネが俺から離れる。毛虫が体についたとでも言うように。ゆっくりと。
すっかりなえたハネの性器を俺は少しだけ寂しく見てる。
ハネが、何か言いたそうに口を開いた。

「…………」

「ああ、言わないでいいよ、びっくりしたろ、
いきなり俺みたいの好きになって、抱いて、
いきなり正気に戻ったんだもんな」

笑いながら、起き上がる。

ハネが後ずさる。

「ハネ、この部屋にこさせるまで、すごい俺が苦労したの知ってた?
ハネのほしがっていた本があるなんてさ、
そんなの、仕組んだんだよ、噂聞いて、はは、気持ち悪いだろ」

一生懸命話してる自分。何話してるんだろ。体が少し重い。ハネの愛に包まれていたからだ。

「あのな、さっき飲んだジュースな、おいしかったろ……
アン中にな」

ハネが少し震えた。それ以上続けられなかった。
馬鹿な話だが、ハネに嫌われたくなかった。これ以上。

「……ワタシ、かえリます」

「ん……あ、そ、か」

視線を落とす。

ハネが服を着る音がする。見るのがいやで、布団をかぶった。
少し音がやむ。ハネが俺を見ている気配。少し迷って、
ハネの足音、ドアをあける音、ハネが出て行く音。

とともハネも同じだ。俺を嫌ってる。
だから、余計手にいれたいと思った。
余計、ととに似てると思った―ハネ。

あの青い目を見たときから、ずっと追いかけていた。
少し寂しげな澄んだ青い目。
ととに似ていた。いつしかととと似ていないハネも好きになっていた。
ととと違うハネ、いつも一生懸命で、裏表がないハネ。
嘘がへたなハネ。
たまに少しだけ交わす言葉の中に、誰かと話しているハネに、
どんどん惹かれていった。
俺と向き合う度に、少し心の尖りを見せたハネ。

涙はでなかった。俺は、俺が最低だと知ってる。
顔も。心も。泣く権利なんかない。

大丈夫だ。ハネの、あの時の愛、あの感覚。
これからずっと、思い出しながら生きていける。
最低な人間でも。

次の日俺は学校を辞めた。
国立の学校、バイトと奨学金でなんとか通っていたけど。
もう、この学校を出て、孤児院の職員になって、ととを探そうとか、
そんな気はないから。

―ととに叩かれてから―ととを吸っている最中にととは俺を叩いて、突き放した、ぞっとした目をして。俺はぽかんとととを見ていた、何が起こったか分からなかった。―ととの嫌悪の心を知ってから、飛び出した孤児院。ずっと戻りたいと思っていた、ととに謝ってできれば一緒に、しょくいんになって

少しだけ何もしない日を送った。
何もする気になれなかった。
ハネに抱かれた快楽を反芻して、自慰を何度かした。
する度にハネをもう一度吸いたいと思っている自分―そしてその欲望が強くなっていく自分に気づいて、ハネからの快楽は思い出さないように努めた。

もう二度と、あの快楽は味わえないのだから。

ただ夢はどうしようもなかった。何度か現実のような夢を見て―ハネが俺のところへ訪ねてきて、言うのだ、あの時はごめん、びっくりして。でも本当は前から―もう一度ハネに抱かれて吸っても吸っても愛が流れ込んでこなくてどうしたんだろう、どうしたんだろうと思っていたら目が覚めて、そんな朝を何回か迎えた。いつも少しだけ涙がにじんでいた。情けなかった。空虚だけが残った。

一か月が過ぎて、やっと働こうと思った。
お金が尽きたのもあったし、これ以上何もしないと、ハネを思い出してばかりで
つらいことに気づいたのだ。

久々のバイトは倉庫のバイトをした。
30分おきに来るトラックの荷物を受け取り、仕分けし、
必要な荷物をトラックに乗せる。
体力は必要だったけど、何も考えなくてよかったので、楽だった。
必要以上に人と顔を合わせる必要もない。

何日も、何日も、無表情な日々が過ぎていった。

ある日。

ポストに、

手紙が入ってた。










サキ、まだ、どうかんがえていいか、わかりません、
あなたは、わたしに、きらわれてると、おもってた?
おもってる?だからあんなこと、したのでしょうか、

わたしは、あなたを、きらってたんじゃなくて、
わたしは、あなたを、きれいだと、おもってた、
あなたを、ずっとみてた、
あなたのめ、ずっと、みてた、

たたかってきた、あかしだとおもった、
わたしは、めのいろちがうし、かみのいろもちがうし、
このくに、とてもつめたかった、
いつもかなしかった、あなたも、おんなじめ、あってるのみた、
だけど、あなたつよかった、それがどうした、って
いつもたいどくずさなかった。

あなた、りっぱだったよ。

わたし、あなたを崇拝してた。

もし、あなた、わたしがすきで、あんなことしたなら、
わたしとあってください、
わたしきずつけたくてあんなことしたなら、
このてがみは、すててください。

もしすきなら、

あってください。


いつも、あなたがいたとこで、まってる、から。



まってるから。



手紙を握りしめて、家を飛び出した、歯を食いしばりながら
―そうしないと、泣きそうで、泣きそうで、号泣してしまいそうで―

いつも俺がいたところ、知ってたのか、ハネ、
あの図書館、小さな図書館、ハネも、あそこでいつも勉強してた、
知ってた、だから、通っていた。




土手に座りながらさっきまで泣いてて、ぐずぐずにくずれちまった顔を、
もう一度手でこする。ハネがどこからか買ってきたコーヒーを俺の手に渡した。
そして髪の毛に―キスした。
「でも、サキ、ワタシ、『とと』じゃありませんヨ」
「知ってるわ、それぐらい」
ぐすっと鼻を鳴らす。ハネが愛しそうに、俺の髪の毛を撫でる。

全部話した、図書館で本を読んでたハネは俺を見あげて、しあわせそうに笑った、
ほっとしたように、それだけでもう、どうしようもなくなって、
恥も外聞もなく、俺は泣き崩れた、子供のように。ハネが困る、どうしよう、
そう思いながら、涙を止められなかった。
ハネは少し悲しそうに微笑んでた、痛みがうつったみたいに。
俺の肩を抱いて、そっとここまでつれてきてくれた。
筋道も立ってない、めちゃくちゃな俺の話を、謝罪を聞きながら。

サキ、ワタシ、みくびらないでください、
ワタシ、サキの目嫌うほど馬鹿じゃない、
サキがどれほどつらかったか、わからないけど、わかる、
サキ、ワタシ、


サキのこと、あいしてます。


奇妙なイントネーション。何度も夢見た言葉。ハネはあっさり口にした。
俺はずっと泣いてた。
ハネはずっと俺の肩を抱いて、何度か、髪の毛にキスをした。


ハネのぬくもりに体半分ひたってる。
少し寒い日。風が冷たい日。
おなかに置かれたコーヒーの熱さと、ハネのぬくもり。
くしゅっと、ハネがコーヒーをあけた、
少し飲んで、俺の唇にまたキスした、ハネの顔が近くにある、
離れて、微笑むハネ。
なんだか、急に―本当に急に

しあわせを感じて、

どうしようもないほど、しあわせを感じて、
ハネの手に手を重ねて、ハネの唇に唇を重ねた、

ハネ。


ハネ……。


ハネがいつも痛みを伴っていたのを俺は知っていた、ハネの瞳で知っていた、
ハネの痛みはハネの痛みで、俺の痛みじゃないけれど、
ハネがひどい言葉を投げつけられて、微笑み流しながら、
その目の影を強くしていく度、ハネを愛したいと思った、
ハネを抱きしめたいと。


ハネと半分、痛みを分かち合えたら。


ハネのぬくもりが離れる。
泣きそうな顔をしていたらしい、ハネが笑った。
「かわいそウな顔してまス」
「してない」
「してまス」
「……そうかな」
「キスしてないと不安ですか?」
「ちがわい、バカ」
慌てて顔を背ける。
なんかほっぺが熱い。
「ねぇサキ、
まだ聞いてません」

「なにがだよ」

「サキ……


わたしのこと、あいして、ますか?」
























言わなきゃ分かんないのかよ。
(シリーズ: noSeries )
2004-12-04 17:02:37