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不思議レポート

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自分のことばを

いちばん、きいているのは

自分

誰が言った言葉だったか……



わたしは、

意を含んだ言葉、は

己に、なにか

告げたいことがあるから

でるのだろう、と

おもっている



……



こころにわいた

ぽっとでのものは

すぎさるかもしれないので

残るかどうかをみている









のこったら

結局、

否のやどる

気になること、は

「自分の姿(心影)」なので



気になること(否のやどり)は、

自分へのナニカとして

おとしこみつづける……



……



心影は他人にみえる

現実の他人、ということではない……



《自分にみえない》のだ

(自分の影なのに)



《気に入らない》(影)が

自分にみえない、誰かのよう



それで、人物像ではなく

《気に入らない》(影)に

スポイラルしつづけていく



……



わたしの場合

だいたい、その実態が

わたしへの、

注意喚起や

心構えのような

あらわれになる



おどろく



……



あとで、なにかのときに

読むために

かいているので

わりと、何度も、何度も

書き直している



あとの自分に宛てた手紙みたいな気持ちだ……



……



そうした、否のやどりを

「暗雲についてのメモ」とした
2017-05-26 01:00:00
ひとが伝えていることで

耳がいたいことをいわれても

なにか、気持ちがよいことがある



エゴに見えてエゴではない

どこかしら、ちがうのである



どうもそういった言葉は

三毒や八罪エネルギーからくるものの

解毒、解害をなせるようで

言葉にこころがあり

「解し」を成している……



勝手にわたしは解毒と

おもっている



……



解き明かし、毒解き



真心、あるいは

実、みのほどを歩まれてきて

つちかわれた力なのだろう



半端ではない



……



ほんらい、説教は

説き教え



さまざまを

説かれて

思慮をもたらす





言葉にやどる解毒や

そうした教えをみたとき

力深いものがあるなぁ、と

おもい、また

読むことができたことが嬉しくなる
2017-05-26 01:00:00
強迫観念って

わりと

脅迫された観念みたいで

ことばが、重なってて面白いなと

おもう



……



二つの方向性を提示し



一方が、よいようにみせ

もうひとつが

わるいようにみせる



これは自由の提示ではなく

じっさいは

方向をおどしている提示だ



また、せんたくを、

ふたつにして提示してみせるやりかたは

じつは、心理誘導の手腕であり

無意識であっても、

それを使う時

そこには

支配したい気持ちがある

※どこかで支配を受けていると気に持ちやすい



……



「せんたく」を勝手に二つにわける

ひとつを「あかるく」する(ポジティブを列挙する)

ひとつを「くらく」する(ネガティブを列挙する)

※色付け



そのうえで

イエスか、ノーかをせまる



これは選択肢にみせかけた誘導になる



※イエスとノーで

選択肢があるように見られるが

底には

「ひとつの可能性」しか思えておらず

そのことにたいする

「そうするか、そうしないか」になっている



……



きちんと選ぶというのは

思慮そのもので



目の前にたいし

思慮すること、が

選ぶということなのだと思う



……



なにかに、脅されていると

脅すようになるし

支配されていると

支配があらわれるようになる



強迫観念は

視野をせまくさせ

だいたい二択(OKか、NGか)にかえてくる



自分の表しに

そういったことがまじってきたら

どこかで、

(勝手にそうとったものも含んで)

心が脅されていないか、

支配されていないか

あるいは、強迫観念がないか

みてとろうと思う



……



こうした

「じっさいはひとつの道しか

思い浮かんでない」うえでの

選択にみせかけた誘導を

迫るものは

他人や現実とは限らず



己の内心からあらわれ

束縛していたり、する



……



本気で自由な時



未来を

勝手にかんがえた

かぎられた視野で

みたりしないし



まして

かぎられた選択肢に

のせたりしない……
2017-05-26 01:00:00
根が三つかよっつほどある







……



自分をあらわす、とは

わきたつこと

すべてをあらわす、ことではないようだ



三毒、八罪からわきたつものが

自分ではないこと

(たどると根がないこと、自分の心が無いこと)を自覚し

分別をもって

それからのものは

あらわさないこと



つまり、

自分の真心からのものか仕分け

でなければ、

しないこと

も、ふくまれる

(自分でないことは、しないこと)



……



ほんらい、ひとの根は

三毒(貪(むさぼり)・瞋(いかり、にくしみ)・癡(愚かさ))とよばれるものと

八つの大罪(暴食、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、虚飾、傲慢)とよばれるものにはない(たどりつかない)



ひとの、本質本性の根は

神心仏性につながる



やわらかく、自由で

放任をしり

理解することの大切さを

しっているようだ



……



エネルギーとしては



三毒のほうは

たどるとナーガ(邪神)につながり

八つの大罪のほうは

たどると、サタン(悪魔)につながる



邪神からくるのは

「よこしま」で

悪魔からくるのは

「害悪」



わたしは、このふたつの流れを

ダークサイドのエネルギーとしている



……



ひとの本質のエネルギーが

そのふたつから流れこむエネルギーとは

別であることを

感じるようになる(誰もがなっていくらしい)と

また、全然ことなる様子が

はじまるのだろう



……



ひとの本質のエネルギーは

光でも、闇でもない

そのはざまにあるため

陰陽となる



陰は暗い、もの静か、沈静、ねむり、寡黙

陽は明るい、めざめ、はしゃぎ、発露のようなもの



陰は、ダークサイドエネルギーを

被りやすいが

イコールではない



また、陽としても

分別(自分の真心の仕分け)がなければ

ダークサイドのエネルギーを被ることもある



……



この、ひとの本質本性のエネルギーを

仕分けて歩むことで

問われるのが「怒り」となるが

わかりやすく

真心からくる怒りは

父母、家族としての怒り

あるいは、ひととして、

友としての怒りにすぎない

つまり、過ちへの思慮のようなものだ



またもうひとつ、ストレス(いらだち)も

問われる



いまのところ、私は

これは、なんらかのかたちで

きちんと、つど

発散するしかないように把握している
2017-05-26 01:00:00


ドキドキするような
まんがや小説にであうと


一気に色鮮やかに
色彩おびたように
まわりの空気がかわって


ドキドキして
ドキドキして


「あーあたまが
持ってかれちゃいそー」って
なる……


しばらく興奮さめやらず……


いつまでたっても
こんなふうに
ドキドキしてしまうものに
出会いたいなぁ、と
おもう
2017-05-25 15:14:26
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