(今後、悪魔と侵略型宇宙人の話は
灰色の文字で記述します
お嫌いな方は飛ばされてください)





宇宙人のたましい


地球の魂の源を
私は、ガイアと読んでいます


おおきな深い慈悲慈愛の
女性と男性の混合型の神様のように
私には思えます


地球には
そのガイアの魂の
わけ御霊と
宇宙人のたましいが
たくさん息づいています


かれら、宇宙人の源は
ガイアではありません、が


ガイアの兄弟星だったり
ガイアをまもるために
はるばる来られたり
された方々です


……


侵略型宇宙人もいます


それらは、前書いたのですか
悪魔にどうも、
取り憑かれているのではないか


と、私は思っています


(でも、宇宙人だからか


地球人が取り憑かれていると
あらわれる症状がでていない
そのため、本人性のようにみえる……)


……


みなもと


みなもとは
たしかに、一番終いまでたどれば
「おおいなるもの」にいきつきますが


いきものは
それぞれ、
おおいなるものから
さんだんかいぐらい
わけ御霊された源から生まれています


ガイアのわけ御霊と
ガイアの兄弟星のわけ御霊が
死後かえるみなもとは、
一つの大きな霊ではなくて
それぞれの源であります


……


ガイアをルーツにしたものには
ガイアからの、問があります
それは育みをもたらし
やがてたどりつくものがあります


ガイアの兄弟星など
ほかの源をルーツにしたものも
それぞれの星からの
問があります


……


ガイアに
善意や親愛をもっておとずれた
ガイアを愛する星からのわけ御霊
宇宙人の魂は


ガイアの御霊には
ガイアの問、真理があることを
理解されているため


己の魂の真理を
ガイアの魂に強いたりはしません
(異なるので)


……


良い旅行者のような感じでしょうか


かれらは
ひとを変えようとはしませんし
ガイアの魂にたいし
スピリチュアルを押し付けたり
導くなんてことも
しようとはしません


(宇宙の法則


ガイアには
ガイアの真理と成長があるので
じつは、ほかの星のものが
導く、など、してはいけないのです)


かれらは、謙虚とも卑屈とも異なりますが
わたしからは
「宇宙人であること
源の星(実家とか、自国とか)は
別にあること
この星(他人のお家)は
源の星(実家)とは違うこと」をもって
「ガイアに過干渉してはならないことを
弁えられている」ように見受けられます


他人のお家で暴れたり
実家のルールを強いたりはしません


かれらは、
つねによき隣人であり
ガイアのことを
思ってくださっています


……


善は、真の自由と
尊重をもちます
また、まともな怒りと悲しみをもち
喜びと楽しみも
持っているものです


……


イエス・キリストさまの
スピリチュアルは
親愛のエネルギーの流れにありますから


それとシンクロしている方は、


基本、
「人がやるべきことを教えよう」ではなく
「自分のやることを」で
動くかれるかと思われます


スピリチュアルを
「人に強いる」ことも
ないかと思います


イエス・キリストさまのスピリチュアルは
親愛なるもののために
自分が、するものだからです


……


同じように
ガイアに親愛する宇宙のたましいも
ガイアの魂も


「自分というものをみる」ことを


失うことはありません


魂がそうなっているからです


……


とても表現が難しいのですが


「他人の精神」に
踏み込むようなことは
他人の許しがあっても
責任がともなうものです


スピリチュアルや
見えないことを提供する
そうした善なる魂もは
その責任の重さを
言わずもがな、命に背負っています
無意識であっても


無責任というのは、ありえません


……


また、じつは
たぶん、みんな、
みんな、できるし
やれば、わかることなのですが


天界から許されて
スピリチュアルや
見えないことに
携わっている方々は


天界にといあわせれば
すぐにわかります


神社の神様でも良いのです


見えないものをしている方のこと
もしよろしければ、
その方に会い
お金をあたえるまえに

div>「神様にきかれてみてください」


答えてもらえなくても
iv>そのあとの気持ちで、
真偽がわかると思います
2017-12-14 09:26:04
尊敬も、崇拝も、信仰さえも


神様が
神様だから崇拝や信仰をうける、のではなくて
されていること、を
無意識に人が知覚して
信仰しはじめる、崇拝をいだく、と


前の記事で書きました


悟られた方も、おなじです


悟っているから、
崇拝、尊敬、信仰をうけるのではなくて


みえない界隈で、
きちんと、働かれている彼らの
その尽力を
(みえないけれど)
ひとが、うけとり


崇拝とか、尊敬、とかが
あらわれる


それは自然にわきたつものです
みえないけれど
現実があるから
現実で、自然に人を尊敬するように
自然に尊敬されている


……


悟られた方は
悟られたことは
「どうでも良い」らしく
言葉にされません


それよりも、働かれる
見えない界隈で
とにかく、つくされる


悟りが伝授にすぎない、から
さずかった力は、
見えないところでも
見える所でも
「尽力されるため」にあるから


……


ラベリングが先で
それがもつ
なにがしかの威光を
意識していたり


ラベリングにすがることにより
なにがしかの気持ちを
付随させている、なら


それは、ラベリングが立派なのであり
その方が、立派なのではない、と
私は思います


また、そのラベリング
その「名」の
真の姿を
みたことも、ふれたことも
ないのだろう、と
思うのです


……


立派な方は
立派だから、
思いを寄せられる


……


見えない界隈は、現実です


(世界への)お仕え事


現実のお仕事も
すごくできる方
みなをよく丁寧に思い、理解し
自分をうごかすかた
されることが
とても高く良い方が
現実に、かたわらにいたら
尊敬されるように


見えない界隈でも
そうなっている
2017-12-14 04:30:25
釈迦がおりました
ある日たずねられました
「そのようなことは
どうすれば
できるのでしょうか」
釈迦はこたえられた
「言葉にはできない」
花をほんのわずか捻られた
それを見ていた弟子は
たいはんはぽかんとしていた
ひとりだけ、笑ってしまったものがいた


笑ったら負けと、同じように
笑ったら、勝ったのか
 釈迦はいわれた
「このものは
うけとれるから
いま、言葉にならないなにもかもを
このものに授けた」


……


この「悟り」は
単純なはなし
釈迦のたっせられた
「神能力開眼」を
伝授された、ことをしめし


これを源にして


悟りのながれがある




釈迦の「神能力」を
伝授されることを
悟りといいます


……


なんにんか、
「修行の中で」
それをつたえられ
授かった方々はいたそうです


……


極めて高みにある能力を
ひとに教えることは
できないもののようで


「時が来たなら」
しぜんにわかる


これ、このとき
釈迦が、このとき
釈迦のすべてを
伝授されている


時が来たなら、というのは
うけとれるだけの
器ができたら、です


……


悟りをひらかれたかた
(釈迦の伝授に達された方)は
釈迦の薫りがされます


また、とても大切なことですが


霊能力でも、
霊媒能力でも
超能力、サイキック
スピリチュアル、
神とつながる能力
あらゆるもろもろの力ではない


神能力を、具現されます


……


神能力、は
人を助ける能力であり
世界を助ける能力です


神様がされることは
ひとには、見え難い


それをされることが
できるようになる


……


そうした、
神社の神様同等の能力の具現が
あるか、ないかで
悟っているのかどうかは
見抜けます
2017-12-14 03:54:04
▲不動明王の破魔のお姿


天界とつながる方々と
悪魔の傀儡(つながってない、
動かされているだけ)の方々は
明瞭なことなりがある、けれど


それを文書にするのは難しい


文書じゃなくて
状況を描画するほうが
たぶん、わかりやすんじゃないか、と
思っている……


……


天の方々は
ほんとうにつながり
ほんとうにうけとり
ほんとうに、経験しているので


私から見ると


かれらには「見えないけれど現実」があり
その現実に「見えないけれど携わっている」


……


悪魔の傀儡は
「経験しているわけではなくて」
ましてや、つながっているのとも
ことなり


「使われている」ので


なんというか……「現実がない」


そこに「見えない現実がない」


なのに「見えないことをしている」


見えない現実がない、というのは
よく、言動を
その言葉がどういうことなのか
想像しながらうけとれば
わかるのだけれど


たぶん、傀儡にされていると
「見えない現実がない」とは思っていない
能力者と同じように
「見えない現実とたずわれている」と
思い込んでいるんだと思う


だから、(本人が思い込んでいるからこそ)
周りから見ていても
みえない現実がある人、のように
一見、受け取れてしまうのかもしれない


……


見えない現実がない、から、か
かれらは
見えないことを、
どうしようもなく
信じていない


あたまでは、たぶん
信じているのかもしれない


(これまた、かれらは奇妙なことに
あたまと、腹のなかの
たましいが
たまに分離していることがある


肉体の中に、たましいが
何匹もいる、ような)


信じる、というのは


知識ではなくて
経験から培われるから


頭で思うものではないから
見えないことを信じていない、ことは
端々から、にじみでていて


ソレはどうしようもないんだとおもう


見えない現実は
かれらにとっては
ファンタジーであり
たんなる「頭の中の出来事」に
過ぎないんだと、思う


傀儡となり
うごいて、みて、宣うことを
していながらも


えんえんと、たぶん
そうなんだろう、と
思う


……


見えない現実があるひと、は
神様も、見えないことも
ファンタジーではないし
頭の中の出来事でもない


……


この、
「みえない現実がある人」の
姿勢や、行為、把握の仕方が
「ない人」と
どんなに違うか
書きたいのだけれど


「そこには違いがあるよ」しか
かけない


しいていえば
「他人が、視界の中に
息づいているかどうかと
似ている」かなぁ
と、思う


……


上は
不動明王の、破魔のお姿です
よろしければ
ヒーリングを受け取れます
2017-12-14 03:10:27
神棚アプリ

https://play.google.com/store/apps/details?id=com.gmail.mrt.another&hl=ja

 

中に「写真」で

ご神体となる方を祀れます

神棚の絵も、とてもきれいです

 

おすすめです



2017-12-14 02:01:00
all ... Prev[32] Next[34]
Page : 0 . 1 . 2 . 3 . 4 . 5 . 6 . 7 . 8 . 9 . 10 . 11 . 12 . 13 . 14 . 15 . 16 . 17 . 18 . 19 . 20 . 21 . 22 . 23 . 24 . 25 . 26 . 27 . 28 . 29 . 30 . 31 . 32 . 33 . 34 . 35 . 36 . 37 . 38 . 39 . 40 . 41 . 42 . 43 . 44 . 45 . 46 . 47 . 48 . 49 . 50 . 51 . 52 . 53 . 54 . 55 . 56 . 57 . 58 . 59 . 60 . 61 . 62 . 63 . 64 . 65 . 66 . 67 . 68 . 69 . 70 . 71 . 72 . 73 . 74 . 75 . 76 . 77 . 78 . 79 . 80 . 81 . 82 . 83 . 84 . 85 . 86 . 87 . 88 . 89 . 90 . 91 . 92 . 93 . 94 . 95 . 96 . 97 . 98 . 99 . 100 . 101 . 102 . 103 . 104 . 105 . 106 . 107 . 108 . 109 . 110 . 111 . 112 . 113 . 114 . 115 . 116 . 117 . 118 . 119 . 120 . 121 . 122 . 123 . 124 . 125 . 126 . 127 . 128 . 129 . 130 . 131 . 132 . 133 . 134 . 135 . 136 .