コンテンツ…お互い様

たぶん
「善人性」というのは
「自分も善人でないのを知っている」
ことなのかなと思う

優しさは
「お互い様」のときに
生じている

「ほどこし」のときには
やどっていない

……

「何様のつもり」で
「何をわかったつもり」なのか
たまに自分に思う

さいきん
これが、人間ですよ、から
ずれてきたら、危ういのかなと
思いはじめる

……

人間ですよ、から
ずれていって

様になりはて
ワカリになりはて
復讐を、根にやどしながら
正当化をつづけ

そんなとき
言った言葉は
やがて自分に
復讐されんのかな、とも思う

そうした姿も、きれいなひとは
きれいだけれど
2017-10-04 03:42:35

コンテンツ…魔境


いろんなひとや
いろんなことを
ああだ、こうだと
きめつけて
説教にもちこむのは
たいがい「気持ちがいい」ことで

その気持ちよさをおうために
しているんだ、ということや
その気持ちよさが
じつは、たどれば
復讐のエネルギーを
やどしていることとか

自前をわかれば
恥ともわかるし
する気もなくなる

まだ、そんなものがわくから
ひとが人を決めつけて
説教にもちこむのをみて
わかりもしないが
「恥ずかしいな」と思う

……

結局、己の、心象が
かたどりをもたらすなら
そうした
さまつな
かさなりつづける
「気に入らなさ」を
正当化する
復讐も
己へ。己へと
むかうんだろうか

……

祟りのおおきなものが
ながれうねる
呪いのおおきなものが
ながれうねる
祝福がながれうねり
慈悲がながれうねる

……

魔境は
字のごとく「魔との境い目」にあり
ソレは現実ではなくて
心理がその地を踏んで
現れる

囁く存在は
復讐や悪意の
正当化の、具現

「魔」は

いつも、「ひとでないもの」に
かわりたがる

……

幻影は
その地に現れるだけ、で
魔境の主体ではない

幻影は
「ひとでないもの」に己をおいて
「できそこないに、
世界や他人を見る」
その、心理を
正当化するために
あらわれるだけ

魔境の主体は
そこ、そのものにある

人が知らない、に、耽溺し
人が出来ていない、に、耽溺し
人が分かっていない、に、耽溺し

「ひとでないもの」に
なってしまって

「ひと」が
「できそこなって」みえるなら
そこが、魔境
2017-10-04 03:17:52
サイトを改装しながら
ちまちまいじる
んはーん
(何かが無理)

おもうようにデザインできないと言う前に
おもうようなのが何なのか
不明瞭にいじくるから
不明瞭さを増していく

なんかどうも混沌としていたい
漫然としていたい
サイトをそんな風にできるのか
(微妙にできている)

あともう少し閲覧者がほしい
(無理かもね)
2017-10-02 10:39:58
私は文章から、あえて
主語をおとす癖があり
「わたしは」とかの
ところです

じつは形のない世界は、
主語がありません
なまえは
象りのときにでますから
なまえもありません

それでそこにあわせているとき
主語がぬけて落ちる

……

「私は」というのは
ことばの外にあります
抜け落ちるだけ

私が消えるわけではないし
私がしたことや
私がそうなのだというところも
なくならない

でも意識が、ぬける

……

主語の抜け落ちる
概念のない、界隈で
ちからが開花するというのが
どういうことか

こうしたことで
なんとなく
伝わるでしょうか
2017-09-28 23:55:03
見えないものの正体や
他人の正体ではなくて
自分の正体が
生きる中で
問われ続けているのを
たまに思うのです

他人の中にそれがあるのではなくて
自分の正体のひとつ、を
観ているにすぎません

他人はすべて
こころも、たましいも
プライバシーは
守られているから

他人のことを見抜いたようで
見抜くことはできないんです
ですから
うかつにも他人のこととした
その姿で
己の正体を伝えられ続ける

……

自分の中にはそれはない、と
している時には、
できないのですよ

逆にいうなら
「自分の中にある」と
わかっているから
出来るんですよ

見えないことが

出来る限り、自分の正体だと
知り続けているんですよ

……

清濁あわせのんで人となると
いうのは
清らかなものと、
濁り淀んだものが
ふたつあって
そのふたつを
心からわかせて、生きていて
どちらも己だねぇ、と
飲み込んだ時
人になる、と
いうものだろうと
思うのです

……

堕落、や
怠惰、というのは
他人にばかり
ソレを見る姿なのかもしれません

………

あるがまま、本音で生きたとき
にんげんは、他人を、呪います
ほぼ、ほぼ、呪います

この呪念については
誤解がおおいので
すこし、はなさなければ
ならないことがあるのですが

様々な悪意を、しない時
単に、それがどういうことで
悪いことだから、という
知識があったり

自分も悪かったかもしれない、
自分が悪いかもしれない、という
把握があるから
しない

知識か経験が
しないことを選んでいる

本音は、何を感じているか

……

象り、そうした概念のない世界へ
概念のないところから
力はながれますから

たましいの状態
概念のない状態で
呪わない生命にならないと

力が開花したなら

呪詛をふみます

そこで、意識は
とりでにならない

……

力をもってうごくなら
意識しないで
概念のない姿の

正体、の。ところを

正体ーー魂に
力とともに、
実態が
やどらないと

実態を磨かないと
あぶないんです

……

濁り淀んだところは
己はちがう
他人にあるのだと

思っていたっていいのです

……

能力は
己を土台に開花します
ソレは概念ではなく
現実として
目の前に出てきます

ソレが自分の正体だ、と
いうところです

底を見ないと、土台がない

……

自分の正体だと
しない人は、
しないでいいのです

みてとれればいい

能力者で
ソレがみてとれなければ
人に、能力はじつは
具現しても
伝わらんのです……

目の前のひとへ
情をもてということでしょうか

この人は出来ていない
私は出来ている

そんな心情では
人には伝わらんのです
ソレは能力が
咲いていないというのと
おなじなのです

他人が出来ていない
他人の、こころが、姿が、悪い

これでは
どうしても
そうした力が
こころから咲かない
伝わらんのです……

……

「あれが私だ」としたとき
情がわくんです
ようやく、他人を理解しようと
しはじめるんです
どこか、違いますから

おなじ心情をみてとれると
ちがいがみてとれる

あれは私だ、そこから
できることがあり
できないことがあり

私にもそうした気持ちがあり
心根がある

そこから
違うことができて

人に
己に
なにがしかを
うむようです
2017-09-28 23:30:29
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