思いの灯る子は
見えない界隈からみても
とても大切な方なのです
とても大切なのです

ですから
なにがあっても
怯えたり
不安になったり
怖がることはないのです

「どうにかできる」力があること
知恵があること
だからこそ
思いに灯火がともるのです

見えない、よいものは
そうした子に力を貸すことを
厭うことがありません

もしも、迷ったら
ただ、灯った思いを
伝えられてみてください

「こんなことがありました
こんなふうに思いました」

それだけで
てのひらは、てのひらと
つながれる

かかわることは
心がかようこと、

コミュニケーションは
すべてそうしたことです
2017-09-10 04:53:45
「石はためる」といいます
または「はっする」ともいわれます

川の流れの中
大きな石があると
流れが変わります

おなじように
石は流れに対して
ちからをもちます

エネルギーの流れが来た時
内包する型を持つ石があると
その流れはそこにおさまっていきます

エネルギーをためて
良いエネルギーにかえ
はっする

石には
もともとそうした性質があるようです
とてもやさしい性質です

自然から隔離されると
石は自然の浄化のちからの
流れ坩堝から
遠ざかってしまうようなことですから

ためるほうが強ければ
わるいものもよいものもたまりこみ
はっするほうが強ければ
枯れていく(力がなくなっていく)といわれます


……

「石」は優しいものだと思い
私にはご慈悲の
あらわれのひとつと思えるのです
2017-09-10 02:44:14
ひとのこころは
ひとのものであり
いわば、もち家と同じように
プライベートなものです

家にお邪魔するなら
家の人に
許可されないと
あがれないように

心もまた、
他人が
勝手にみることは
できません

本当は4つあるのですが

鍵は
無意識にひとつ
意識にひとつ

無意識がいやがれば
ひとつの鍵が、とじられ
意識がいやがれば
もうひとつの鍵もとじられる

けっして、ひとから
勝手に踏み込まれたり
勝手に見られたりすることは
ありません

……

他人のこころは
そのひとの許しがなければ
他人からは
感じ取れないものです

ーーまた、その上で、
たいていは
信頼できる関係が
きずけたときに
はじめて許される

ですから

信頼関係もきずけていない
他人のこころが
わかったような思いに
とらわれるなら、妄執です

……

低級霊やまものは
見えないものが見える方でも
見えていないときがあります

かれらが、空気に近いとき、です

かれらは
低俗なものですから
決めつけと憶測を好む

……

他人から見て
他人のこころは
みてとれないものですが

ひとつだけ、誰でも
わかり
また、無意識であっても
やりとりしていることがあります

雰囲気にながれる
そのひとの気のようなものです

しかし、よく間違われやすいのですが
気は、場や状況が流すこともあるので
そのひととイコールとは限りません

その人そのもののシンプルな気は
そのひとしかいない場所や
邪魔のない場所でしか
流れないでしょう

また、こころとことなり
その人の体調により
流れ出る「気」はかなり変わります

体や現実のほうの
影響をうけやすいんですね
「気」は

気にあてられやすいかたは
人の心をかんじたんだ、とか
あの人はこう思ってるんだ、とか
誤解されることもありますが

気、は、しょせん、気に過ぎず

ひとの所有である、ひとのこころは
信頼のうえで
たずねてみて、あかされないと
わかることはありません

……

おなじようなことが
魂についてもいえます

……

自然に感じ取れる範囲は
見えない領域であっても
「他人」のことは
現実に、許るされる範囲しか
受け取れません

その他人が、
見えない生命であってもです
2017-09-09 07:26:14
人形が、優しいから
悪いものがきたとき
人形にはいる、そう
伝えますと
たぶん、驚く方も
いらっしゃるかもしれません

たとえば
悪いものがきたとき

人形はみずからの
からのなかに、かれらをいれ
ださないように、縛られます

人形には、意思がないようにみえて
そこには、
「ワタクシを愛しまれる主」をまもる
れっきとした心があります

うまくやられる方は
人形のなかに、なにがはいっても
浄化されますから
人形が長持ちします

たいてい、わるいものがはいったら
そうした人形は
捨てられることを望みます
悪い物をださないまま

……

石もまた、
悪い物をださないまま
捨てられることを望むものがあります

石により違うのですが
2017-09-09 05:27:46
見えない領域へのかんしょうは
だいたいは、許可制です
見えない領域にいるものに
許可をもらわなければ
かんしょうはできません

人であっても同じことです

たにんのこころを見たり
感じたりした、と
思い込まれる方は
ただ
場に発される気を
感じていることが多いです

その気は
たにんのこころと
イコールではありません

たにんのこころは
他人のものであり
他人の持ち物、持ち家だからです

許可がなければ
入ること、みることも
許されません

それとおなじく

神さまであれ
なんであれ
領域にお邪魔するときは
かれらとの話し合いが必須であり
また、打ち合わせがあります

……

見えないものと
コミュニケーションできないなら
見えない領域へのかんしょうは
私はオススメできません……

また、私は
そうしたことが
できない方に
自前のそうした領域への
かんしょうをしてもらうことも
オススメしません

人と人ともそうですが

コミュニケーションの力がない、なら
相手の意志を確認できない
つまり、尊重できないことを
してしまう可能性があるからです

言いなりになることを
「鵜呑みにする」としますなら
話し合いは
思いをうけとり、
自分をつたえることです

うけとるだけでも
つたえるだけでも
場を変えることはできません
2017-09-09 03:11:25
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