Year: 2018 2017
それは意識になるのですが
結界のひとつが
きえることになりました

もしも
不安やさくめいをおぼえたら
そんなことが
見えないところではおきているので
あたりまえですから

しずかに
時がなじむのを
待たれていてください

……★

それら、の、傀儡さんは
どうしても
「うち」のかたがたに
「情報」を
伝えなければならないため
そこに、陰陽師軍団の方々が
クリエイトされた「人形」です

魂がないんです

そうした
「人形」さんは
「そと」のことを
くんできて
「はなす」のが
役割です……

「そと」のものたちは
「うち」のかたがたと
関わっているようで
かかわりはないし
わかっているようで
しることも
わかることも
ありません

たとえば
「そと」にあるものは
とあるもの(事)を
ひどく憎んでいて
それで、よく
侮辱蔑視をおこなうのですが

それをくんで
このせかいに情報とながすかたも
そとのものも

そのものを
知っているわけでもないし
触れているわけでもないんです

……★

「そと」は
完全にへだたれており
「そと」のことをくみあげる
傀儡さんは「人形」にすぎず
情報をこちらに伝えているにすぎません

……★

さきほど、きた方によれば
そとのかたの
憎しみ(嫉妬です)が
強烈すぎるので

結界をひとつ消し去り

「特別なことを誇る気持ち」を
祝福する、とのことでした

この結界、は
あなたとひとを
同じとみなすことで
平和を保とうとするものでした

これが、はずれます

「特別性」(きちんと、ひとりひとり
たしかに、あるのです)にたいする
視野や、感覚が変わると思いますが

大丈夫ですから
時がなじむのを
またれてください

……★

ひとはみんな同じ、は
まきちらされた
トラップ型のがいねんです

じっさいは
「ひとはみんな特別」です

ひとり、ひとり
悟りにいたり
個人の「神能力」をもつ
個性的で、ユニークな「特別者」なのです

……★

傀儡人形さんは
「知恵」も「感覚」もなく
そとの情報(インフォメーション)を
うちに流すだけなので……

こうした「現実」を前に
へんなことをいうし
たぶん、これからは
なおのこと、現実とはちがうこと
あるいは
とても、壊れたようなことを
いわれはじめるでしょう

それが、彼らの役割です

(知恵、経験、感覚、
人形にはありません
人形だからこそ、できることを
かれらはされている
それは「情報を流すだけ」のものです)

そうなっても驚かれないでください

かなり壊れていくと思いますが……

(いまもう、何人か壊れてますが……
かれらは、もともと
そとの状況や、
そこから沸き立つものでうごく
ロボットのようなものなんですよ……)

……★

これから
「意識になっている」結界が
たくさん、はずれていきます……

そのとき
めまいがしたり
軽い精神の乱れがおきたりしますが

数日するとなじんでおわることなので
そうしたものがきても
気にされないで
すこやかに日々をおくられてください

「なんでなのか」は
ラグナロクだから、ですし
せかいが、かわりつづけているから、です
2018-03-07 16:15:43
天界はもうおりてきていて
とあるところで
融合ははじまっているのですが
それが明瞭になるにつれて
とても、わかりやすくなってきたことがあって

天界のそとがわの
「きわ」のところに
バリアのようなものがあって

その「そと」にいる方々(化け物に見えるのですが)
「うち」にいる方々でわかれていて

どちらにも
流れるものがあって
「おなじようにみえること」が
いきかっているのですが

あからさまな「差異」があって
それがこれから
わかりやすくなりそうだなぁ、と
思います……

与えられている「こと」と
受け取っている「こと」を
あわせて「授与」といいます
わたしは「神様」と「ひと」の
こころ(真心)のいきかいを
「神様との授与」としています

この「授与」しているところの
「じょうほう」にせよ
「しや」にせよ
エネルギーが
まるで違うのです……

……★

「うち」にいるひとたちが
つたえられること
わかること、は
意識ではたどり着けない世界の
つたえられること、ながれこむことにありますから
どこか、ともにあります

なんといえばいいか

うーん

……★

この、バリアで区切られた

「そと」と「うち」は
もしかしたら
前々から
あったものなのかもしれません

(スピリチュアルや
見えない世界は
とくに、同じことをいっているようで
こっちと、あっちで
わかれていた、違うことだった、というのが
見て取れたような)

……★

そのうち、この
「意識ではたどり着けない」ところにあるものが
現実をこえた現実として
あらわれだす

そうしたとき
この「差異」は
明確になると思うのです
2018-03-06 13:09:03
なんどか
どうにか伝えようとして
あらわしきれなかった
ことに
「神様が、どのようにあるか」が
ありまして

かみさまは
目に見えないし
(意識では)わからないものなのですが

そこにいらっしゃるものです

こころ、というものと
似ていると思います
みえないし
ふれられないけれど
そこにたしかに息づいている

かみさまの次元は
霊の次元ではありません

「まごころ」の次元
まことの愛の次元にあられます

それで
かみさまは
こころ、に
ふれられるのです

ことば、は
話す方ははなしますが

まず、こころ、で
ふれていますし
みんな、真心のあるかたは
こころ、は
もう、こころで
やりとりされているのです

それは、真心がみて
真心がうけとるから
意識できなくて
夢としか
おもえないこともあるのです

霊体の次元とは
ことなって、あるのです

……★★

真心、の
いきかいは
言葉の無い世界
意識では
たどりつけないものですから

たとえば

とても集中したとき
ふれるのかもしれません

さきに、神さまのことば、で
伝えられました、そのとおりに
こころ、と、こころ、が
さきに、ふれて
いきかっていますから

たとえば

きもちがよいとか
こころがすっきりしたとか
意識できない、なにがしかの
こう、「ここちよさ」は

たまに、神さまと
あなたの、心の交流だったりするのです

……★

意識ではたどりつけないせかい、を

わすれないでください

わたしたちは
ここからさき
そちらのほうに向かい
また、それを受け入れていきます

ひとは、みな
ことばや
意識では
たどりつけない世界からうまれ
そこに、かえるものでした

ここからさきは、
その世界と
意識でとらえる現実のせかいの
ふたつで
生きていくのです

……★

わたしが
なんかいか
思考にたいする捨て話しを
おこなうのは

神さまのいる世界が
意識ではたどりつけない世界だから、です

意識でとらえた
思考や、なにがしかは、
すべて、その世界のものではないのです

とても、うまく
スピリチュアルに
ながれこんでいるけれど

幸福論、精神論、
スピリチュアル論
いきかた論、悟り論

こうした
知識を「論」にして
のたまうスピリチュアルは
論である時点で

神さまや、
ほんらいのスピリチュアルを
めざした方々(イエスさま方々)の
触れではないんです

……★

意識ではたどりつけない世界の
ふれかたは
とてもやさしく
あたたかいものです
2018-03-06 12:49:06
キリストを信じないのは、スピリチュアルや霊能者、および宗教者……

何かを信じている方は
なにかがもたらされたときに
「自分の信仰」により
真偽をとうので
何も信じてない(依存していない)ひとより
キリスト様を信じていません……

奇妙なはなしですが
何も信じてない(依存していない)ひとは
キリスト様がそこにあると
キリスト様と理解されるのです

イエスキリストさまは
共有意識ではなくて
おひとりの、神様の子であり
また、はじまりであり
終わりである方です

かれは
3つの側面をもたれており
それが、父なる神様
子なる神様
そして、ひとなる神様の面です

かれの神霊体は
わりと散歩を好まれるので
たくさんのかたの
かたわらを
とおりすぎたり
みまもったりされています

無意識のはなしになりますが

なんにも依存していない
(見えないことにたいし
なにも、カタをもたない、
てぶらのもの)は
かれが、とおりすぎた時
かれだと、わかり
敬意をもたれるのです

無意識にふれる

神様もそうです

神様も、散歩がお好きな方は
よく歩かれているのですが

なにがしかの
頑迷な「とらえかた」や
信仰をもつかたは

かれらに敬意はもたれません
キリストにふれても
キリストとは理解しませんし
把握もしませんし
感じることもないようです

世界はふたつにわかれており
このさき
すこしずつ、はがれて
距離をもちだします……

「信仰」というのは
思考やとらえかたを
信じ切ること(思い込むこと)ではありません

こころの柔らかな部分が
かんじるとき
自然に、敬意が現れるさまを
神々は「信仰」ととらえられます

私もそう思います

……★*・……

いままで
必要だった
かたくなな
とらえかたや、かんがえかた
やわらかい心の感じとることを
ふさぎこむ、思慮は
もう要らないように思えます

スピリチュアルとか
さまざまなセミナー
そこで得た「思考」は
じつのところ
神々は忌み嫌うことが多いです

たとえ、良さそうに見えても

それは、なぜか
まがい物ばかりです

そうした思考を
「いいたがるもの」
……つまり、自前の思考を
おおくのものに
しきたがるもの
啓蒙したがるもの
影響したがるもの、を
じつのところ、おおくの神々は
嫌悪しています

むずかしい、
ふくざつなリンクラインなのですが
それは、自然への不敬につながり
「そのひとが神様をする」ような
そんなことだからです……

……★*・……

思考の捨て時

余分なものは
必要だったから
そこにありました

もう手放して良い「かんがえかた」が
ここからさきは、出てきます

仕入れこんだ思考の
断捨離ですね……

思考も、思慮も、とらえかたも
こころ、きもち、かんじょう
かんじること、思うこと
すべて
自由でいいんですよ

スピリチュアルな思考
引き寄せるには……
エネルギー的に見て……
波動的に見て……

こころのなかに
かくされた
差別意識、選民意識
そんなものが
土台にある
思考や
とらえかた、多いんですよ

差別意識は特にきついですね

スピリチュアルにとらえないと
スピリチュアルで言われているように
とらえないと、と
必死になっているなら
すててください

その時点で、不自然で
また、いびつで
頑迷です……

そんなふうに
とらえなくて
大丈夫なんですよ

(もっと幸せになります)
2018-03-05 22:36:59
この話が伝わる方は
たぶん、そんなにいないのかな、と
おもいます

ただ、どこかで
ときがきたら
何某かになるかもしれないので
伝えております

見えなくても
わからなくても

悪魔はいるし まものもいます

魔物や悪魔に対し
人間は、みんな
憎悪と憤怒をかかえており

下手をしたら、暴走しそうな
敵意と攻撃性を
こころのそこに
内包しています

悪への
殺意と、憎悪と、憤怒

ひとりひとり、の
貴方が、抱えているものです

それほど、それらがしていることが
最悪なことだからです

だれかが、だれかを、
にくみ、つらみ、攻撃している、
のではなくて

ひとりひとりの、ひとの、
あなたが、(そうしたものからの)
被害を受けており
そのため、
憎み、辛み、嘆き苦しみ
憤怒にかられ
許さずにいて
攻撃をしている、のです

そのうえで

神々は伝えています

貴方の槍を、
護りの槍に、
かえろと。

その変え方を
わたしは、前日と今日の記事に
書き起こしました

悪心への、自覚のススメです

……★*・……

今回の破魔のはなしは、以上です
2018-02-28 06:46:36
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