〜・・・Return Hitogorosi・・・〜
没文・キブちゃん
「そこ、どいてくれませんか?」
駅の雑踏。夕方に近い時刻。
少年は美しい顔をしていました。
でも何処か痛々しかった。
その目の淵が誰かに殴られたように、青かったからかも知れません。
その手に包帯を巻き、肩から下げていたからかも知れません。
それなのに瞳が綺麗で、輝いていたからかも、知れません。
私は図らずしも少年の邪魔をしてしまったことに驚いて
少年に道を譲りました。
少年はぺこりと頭を下げて、片手に持っていたビニー袋を
少し持ち直しました。
そんなにも痛々しい姿をしているのに
少年の態度にはなんの卑屈さもありませんでした。
それどころか凛としていて何処の王宮の王子のように立派でした。
私をちっとも気にせずに通り過ぎる少年から、私は目を放せませんでした。
見つけた。
来柔と出会ったのはそれが最初の事でした。

>title>【来柔】

テクテクと私は来柔についていきました。
来柔は一度ちらりと不信気にこちらを見ただけで、
後はずっと無言でまっすぐ前を向いたまま、
迷いもせずにただ一方向へ進んでいきました。
私はだからその間、じっくりと来柔を観察することができたのです。

来柔の服装は酷い物でした。
ぼろぼろであちらこちらに傷があるジーンズ、
色々なシミがついたちょっときつそうなTシャツ。
来柔の端正な顔とはおよそかけ離れており、
何故かしら嫌悪感を抱く物でした。
それは人が『可哀想』と呼んでいる物が自分の心にわき上がる、
その嫌悪感です。
可哀想という感情はまったく天使には似つかない物なのです。
来柔自身もたいそうな怪我をしている様でしたし、
これはまた、一悶着あるな、とそう予感させました。

来柔は私が考え込んでいるうちに、一人の老婆に近づいていきました。
近づくほど老婆から悪臭が漂ってきて、私は考えを中断しました。
ぼろ切れのような黒く汚れた布を無造作に纏い、段ボールを地に敷いて、
その上で横になっている老婆は来柔の状態をもっと悪くしたように想えました。
ただ一つの救いは、老婆がなんの怪我もしていないことです。
これでもし来柔のように老婆が大けがをしていたら、
私は天界の掟を破って何かしてしまうところでした。

「ばぁちゃん、元気?」

来柔が言いました。
とすると、彼女は来柔の祖母なのでしょうか。
だとすると、来柔のこの状態は
何か『家訓』の様な物によって定められた格好なのでしょうか。
人間はよく分かりません。

「・・・キブちゃんかい」

「そうだよ、めぇ見えない?」

「もう老眼でなぁ」

「ばぁちゃん、飯買ってきたんだ、喰おう」

「キブちゃん・・・、いけねぇよぉ。キブちゃん、
あれほどもう来ちゃいけねぇっていったでねぇか。
なんで来るぅ?」

「ばぁちゃん・・・だって俺、ばぁちゃんしか・・・・」

「キブちゃん・・・・
お母さん・・・、またなぐるンかぇ?」

「・・・・・」

「キブちゃん・・・」

「俺もばぁちゃん見たいに逃げちゃおうかな」

「いけねぇよ、キブちゃん、大変だよ」

「・・・・へっ」

キブちゃん、と言うのが現世での来柔の名前のようです。
キブちゃんはビニール袋からおにぎりを1つ取り出しました。

「ごめんな、ばぁちゃん、俺金無くて・・
1つしか買えなかったんだ」

「キブちゃん、いけねぇよ、もう来ちゃいけねぇよ」

「ばぁちゃん、半分個しよう。な」

不意にキブちゃんが私に振り返り、怒鳴りました。

「さっきっから何見てんだよ!!!
そんなに珍しいかよ!!!」

私はキブちゃんの怒りがそのままぶつかってきたので、
驚いて一目散に逃げ出しました。
キブちゃんは怒りの目でずっと私を見ていました。
逃げながら、それを感じておりました。

■■■

来柔と祖母は私から見てもそんなに頻繁には会っていませんでした。
来柔が何事か、起こったときは来柔は絶対に祖母に会いに来ませんでした。
そして何日か後に来柔は来て、その痛々しい姿を見せるのです。
来柔がしばらく姿を消して表れると、その身体には必ず何者かの暴力の跡があるのです。
祖母は来ちゃいけない、来ちゃいけない、と何度も来柔に言いました。
しかし来柔はその言いつけを守りませんでした。
私から見ても、来柔の救いはその祖母だけのような気がしました。

■■■

「あ・・・」
此処にいれば来柔が来るだろうと
思っていたらやはり来柔を見つけることができました。
また怒鳴られては事なので、
私はいつもの通り、柱の影に隠れて、来柔を見ていました。
来柔は老婆に近づき、何事か話しかけました。

最初は笑顔で話しかけていた来柔の顔が、だんだんとこわばっていきました。

来柔は激しく老婆を揺さぶりました。
そんな来柔を、人々は汚い物を見るように避けていきます。

やがて来柔が力を抜いて、老婆からそっと手を離しました。
来柔の肩が、微かに震えていました。

しばらくして、来柔はのろのろと動き始めました。
駅の外に向かって。
のろのろと、のろのろと、来柔は動き始めました。



来柔は大きな腐った川の土手で膝を抱えてぼーっと腐った流れを見ていました。
その目は川を見ていたけれど、川と同じように濁って、感情がないように見えました。
私はそっと近づいていって、後ろに立ちました。
誰が呼んだのか、駅の方でぴーぽーぴーぽーと救急車の音。
来柔はびくりと少し揺れて、うなだれました。

「・・・・なんだてめぇ・・・、何のようだよ」

来柔がふらりとよろけながら振り返り、私を睨み付けました。
その姿には覇気がありませんでした。

「君の名前は・・・?」

私はおそるおそる来柔に問いました。
来柔は力無く笑って、何でソンナコト言わなきゃならないんだよ、と言いました。
私はそっと来柔の隣に座りました。

これは母親に殴られている子のシナリオですね
天使に感情移入できなくて没
でもキブちゃんの大元の設定はそのままです
キブちゃんとか、来柔とか、そこら辺は没ってマス




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