海に家があった。
海を背に家は建っていた。
そこに住んでいた。
正確には居候させてもらっていた。
家は少しぼろい家で
多分塩気でこんなになってしまったのだろうと
思わせるような黒い柱を持っていた。
一階と二階と三階があり、
一階から海に続く道に出られるようになっていた。
道に出て左に曲がればそのまた左に海が広がる。

以下は下の通り。
□は商店。
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       |*|

      □  □
______  □ □
      道
_______ ____
      |家|
砂浜
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道よりもとても低い位置にある海から
砂浜が斜めに盛り上がって道にくっついていた。
家の前は様々な駄菓子や浮き輪を売っている
店店が建ち並ぶ。
狭い路地だ。
その路地へお買い物をしに出た私に声をかける人があった。
「ねぇ、Iちゃん、Iちゃんでしょ?」
「うわ、久しぶり~」
それは昔中学生の同級生達だった。
海に遊びに来たという。
SもNもKもTもMもいる。
「しかしIの腹はすごいねぇ」
と水着姿の私の腹をTがつついた。
昔から嫌な奴だったこいつわ。
「それを言うならMの腹だってすごいじゃん」
Mが恥ずかしげに目を伏せて、腹をさする。
「Mは全部が太ってて丸いじゃん。
あんた腹だけ異様じゃん」
やっぱり嫌な奴である。水着なんぞ着なければ良かった。
そんなに異様だろうか、と焦っていると
「私たち海にいるから、遊びにおいでよ」
と彼女たちは去っていった。
早速家に戻って、家の主人に聞く。
主人は三階に居た。
私は一階と二階の階段から身を乗り出して、
「海に行ってもいいですか~」と聞いた。
妹が階段の隣にある二階の部屋のふすまを開けて、海?と聞いた。
弟も三階から降りてくる。
「今日は波が高いからなぁ」三階の亭主が呟いた。
「駄目だよ、Iちゃん、波が高いから泳いじゃ」
二階のどこから現れたのか、女将さんが
段ボールにキャベツを詰めて、言った。
「高いから駄目だってさ」
弟はあきらめて漫画を読みにまた三階へ戻っていく。
「妹、一緒に行こう、友達が来てるから」
「波が高いよ」
「砂浜の一番高いところに居るから」
弟が耳ざとく、
「俺も海行く」とくっついてきた。
「駄目だよ、泳げないんだってば」
「だってねぇちゃん達、海行くんだろう?」
「砂浜の高いところでおしゃべりするだけだから」
私は行きたがる弟を振りきって
(もし連れていったら弟は必ず海に浸かるに違いない。
そうして溺れでもしたら困るのだ)
砂浜へ向かった。
快晴である。
みんな波が高いのを知っているのか、
海に入らず、砂浜の一番高いところ
(すなわち道のすぐ前)に体育座りをして
並んでいた。彼女たちも、他の人々も。
地平線まで体育座りが続いている。
「やぁ」
「ああ、来たの」
彼女たちは彼女たちの前に座る私を素っ気なく迎えた。
誰かの子供(2歳くらいの娘)が浮き輪を腰に、
海に走り出した。
私は驚いて、
「駄目だよ!波が高いから溺れちゃうよ!!」
女児は海にぽちゃんと浸かると、
ざざーっと波に運ばれて砂浜にうちあげられた。
その浮き輪をつかんで、
私は彼女を砂浜の一番高いところに戻した。
息をついて座り直すと、
昔の同級生達は近況を話し合っていた。
SとNはチョコレート工房で働いているとのこと、
お弁当包みを開いて見せた。
中にはそれぞれ動物の形に象られた
白が二枚、黒が一枚、チョコレートが入っていた。
食べさせて貰う。とても甘くておいしい。
「これレモン汁かなぁ」
Sは微妙に色が違う白の二枚を見比べてNに問いかけていた。
専門的な話だなぁ、と私は思った。
「Hちゃんと私はぷーたろだよ」と言ったら
えぇっと驚かれた。
「Kがピアノを弾いているらしいよ」
私は嬉しくなってなけなしの知識を披露した。
「ピアノなんて弾いてどうするんだろうねぇ、
実入りがあるのかなぁ?」
「それよりあんた、プータローっていいのかな?」
「思い出した、私記憶喪失だった」
だから働けずにプータローなのだ。
だから居候をしていたのだ。
その瞬間にばばーーーっと今までの記憶がよみがえった。
多額の借金をして、怒り狂ったやくざに殺された父と母、
拾ってくれた家の亭主。
場面が流れるように変わって、
家の前の(|*|の部分)空き地を目の前に私は立っていた。
そうだ、此処に私の家があった。
怒り収まらないやくざ達が家を崩していく。
私は透明人間になって早回りする時を見ている。
その時を。
家の壁が壊され、家がひっぺがされていく。
土と岩と草だけになっていく私の家。
空き地になってしまった私の家。
それでもやくざ達の怒りは収まらず、
空き地に入っては暴行を繰り返していた。
とうとう誰かがそこに棘のついた鉄線を巡らせて、
「空き地に入らないで下さい」と言う看板を立てた。
その看板を見たやくざが
「ええぃんならぁIのやろう!!
見つけたらただじゃおかねぇからなぁ!!」と蹴り飛ばした。
私は震える足を叱咤して
なんとか海の家に戻った。
亭主に記憶が戻ったこと、やくざが来ることを早口で話した。
「大丈夫だよ」
女将さんが言った。
「此処は海だから、やくざが来たら、入れ墨で分かるでしょう」
水着だし。
それを聞いて私はちょっとだけ安心した。
次の瞬間、玄関で「やくざが来たよぉ!!」と女将さんが叫んだ。
私は妹と弟の手を引いて、二階に隠れた。
震えながら神様に祈った。
血塗れの鉈を持ったやくざが玄関から入ってきた。
2001-01-01 15:00:00