2017-09-13

リトマス紙は自分

見えない界隈は
つきつめてしまえば
そこに「それがある」だけであり
そこに「いる」だけであり
意味や価値、識の範囲は
常識や現実のなかでいきる、
人間からのものなんだろう、と
思うのです

一人一人が
何を何とみなし
何をなにと感じるか
一人一人、もっている
自分というリトマス紙で
判断しているのではないか、と
私は思うのです

その上で思うのです

それでも、誰にとっても
変わらないものがあるなぁ、と

……

美術をしていますと
言われることがあります
「本物は
誰にでも
本物であることを
教える」

その、ジャンルに「無知」なひとにも
「ほんもの」であれば
垣根を超えるのだそうです

美術品でいうなら
美しさ、や
あたえる感動は
本物であるなら
なにがあっても
それは、ひとに、伝わるのだそうです

……

誰もが違うリトマス紙である世界で、

「そうである」と 誰もが思うこと
これは
正体や本性ということをこえた

たぶんですが、芸術品の真髄に
にたものではないかと
私は思います

……

神様の中には
そうした方がいらして
そうした方々は
「わかるひとには、わかる」のではなくて
「誰もがそうと感じ、魂が認める」らしいです