2017-09-28

呪詛と、ひとへ

然念、

意識しないで
概念のない
集中のときに

あらわれるものが
干渉をもちます

……

呪詛というのは
他人のことを悪として
憎んだり、うらんだりする気持ちです

それは誰もが持ちます

力をもつものは
この干渉範囲が広い

「呪えなければ良かった」と
私は呪詛落ちしたひとが
いうのを聞いたことがあります

意識すれば止められる(できる)では
できない
意識していない時
止められなければ
ながれおちる

できるとき
できないひとを
せめられますか
そうしたら、まだ
しているんです

……

他人を、悪としても
いいんですよ
自分が
悪にならなければ

思い込みになく

そんな心情で
そんなことが、できるなら

……

不動明王にならえば楽ですよ、と
いうのは
憤怒も、憎悪も、
怨嗟も、嫌悪も
ときどき、状況によりわきでて
けせるものではなくて
どうにかしていくものだからです

あれはわくものなのです
かたちとして
もっているものではなくて

ひとを責めるきもちがあるなら
わいているのです

……

かたちにより
とどまりやすい、とかは
ありますが

……

呪詛

憤怒から、怨嗟から
憎悪、嫌悪からの
悪意であります

不動明王の憤怒は
憤怒ながら
悪意なく
ひとの心を
削ぎおとすことなく
浄め祓いをおこなわれる

それは
「わたし」を知っていて
「あなた」を知っていて
なくせないことであり
だから、かなしい
あわれさだと、
わかっているからだと
思うのです