くろいスパゲッティ

(怪談小話シリーズ)

…喫茶店でご飯でも食べようと
一時を過ぎた時計を見上げながら
吉川は上着をとった

いつもいく古風な喫茶店は
茶色でうすぐらく
場違いなスパゲッティが美味しい

ドアをあけると
ピークをすぎた昼時に
席についている客は
ひとりの男しかいなかった

その斜め後ろの席につくと
無愛想なマスターが
いらっしゃいませ、と
水とおしぼりを運んでくる

出されたメニューをひらきもせず
吉川はスパゲッティをたのむ
ここのスパゲッティは
一種類しかない

ふと、斜めまえをみれば
先の客も
スパゲッティを食べている

マスターが立ち去る音を聞きながら
吉川はなにか妙な違和感をおぼえる

あれ、ここんちのスパゲッティ
あんな、いろ、くらかったっけ……

しばらくじっと見つめながら

マスター、新メニューに
イカスミでもつくったのかな
なんて、思う

目の前の男は
おなかがすいているのか
一心不乱に
くろい色に見えるスパゲッティを
口に運んでいる

すぞ、ずぞ
音がする

不意にそのおとが
なにか意味をもつ音にきこえ
吉川は思わず耳をすます

すぞ、ずぞ

ああ、なんだ
空耳か、しかし
よく、音をたてる客だ

見飽きて顔を横にそむけた瞬間

「じね、じね、」

音が声にきこえた
おどろいて
もう一度ふりかえると
くろいスパゲッティのあいまに
食らう男のかおを
愉快そうにみあげる
奇妙な顔がみてとれた

皿のなかにうまるように
スパゲッティにまみれながら
にこにこと
男を見ている

すぞ、ずぞ

音のように聞こえたそれは
男の口の動きとはあわなかった
スパゲッティの中の
顔の動きに、いっちして

しね、しね、と

ニコニコ、わらいながら
つぶやいていた

顔は妙な笑みをはりつけたまま
不思議そうに、吉川をふりむいた