許されるなら―光根―

「ひとでなしッ」
そう叫ばれて
顔面を殴られるのを


心の底では望んでいた。




「あ…うん」
囁かれた時、思わず頷いていた。
和衛。

―一緒に来るよな

微笑み方すら、分かっているかのように。

―明日野原で。

野原は、俺らの城だった
和衛は、俺の王だった

なぁ、どれ程人を恨んだか
どれほど人を憎んだか
なぁ、闇の無い人なんて、この世に居ない



俺の仕事は闇の守り人です
「研究」というものに魔力が備わっているので、
この仕事につきました

こうして闇の中で、
ぼおっと光る「光根」を見ていると
たまに泣きたくなる

 こんな綺麗なものが
 ここにあって
  いいんだろうか

そう、想う



野原に行くともう和衛は椅子の上で眠りこけていた
ああ、こりゃ起きたら怒られるな
そう想いながら、弁当を出す

和衛に対しての感情が
たまになんなのか、よく分からなくなる。

和衛を見ていると、ただ、苦しい

りんごパイ―和衛が好き
卵パイ―和衛が好き
きゅうりパイ―和衛が1等好き

俺は卵パイは嫌いだ

かじりついていると、和衛が起きた
「やあやあ」
そんな風な掛け声をかける、んだよ
んだよ

来たなら言えよ

足の方にすわっていた俺を蹴っ飛ばす。いてぇよ

パイなに?

りんごと卵ときゅうり

あいしてる ッ 

でかい声で和衛が叫んだ、ぎゅって人のこと抱きしめる

苦しいよ
ふふ

苦しいかよ



和衛は俺を親友だと人に紹介する

こいつさぁ、俺サァ、
むちゃくちゃすきなの。
こいつのことむちゃくちゃすきなの
しんゆうなの

相手が困るほどあけっぴろげで
純粋な行為、そうなんですか、と言われると
照れたように和衛は笑う。

無邪気すぎてこっちが困るよ。
ふと

「そんな俺のこと、好き?」

聞いたことがある、言ってすぐに後悔した 和衛は、

「うん、好き」

心から俺を信用した真っ直ぐな目をして言った



闇の光り根を見ていれば
全てが癒える気がする

和衛につけられた心の跡も
人につけられた心の痕も―…
胸をたどりながら、ちょっと吐息をついて
いすに座り込んだ。光根がたゆんでいる

光根は優しい

たゆたんできらきら揺れるそれを

俺は愛してる



和衛がまた昇進した、と
風の噂で聞いた



急激に事態が反転したのはその後



「おいッ和衛ッおい」

血だらけの彼を揺さぶった、心臓が壊れるほど縮み上がり、
ばくばく汗が流れた

手のひらに真っ赤な生暖かい血液が垂れ、俺は取り乱した

「いて…叫ぶなよ」

彼が、微かに息をする

「今、いまな、今、人よんだから、
よんだから」

握りつぶすほど強く握った連絡甲をぶんぶん振り回す、
汗で滑りそうだ

「いてぇ…死ぬ」

「死ぬなッ今よんだから、よんだからッおいッおい和衛っなぁ、なぁ」

なきたくて、かなしくて

「うん」

変な顔するなよ。和衛が無理に笑う。

直後だった。和衛が王の守り人になってから

 ぱーてぃすっから

無邪気な顔で和衛は言った
それを見て一抹の不安を覚えた、
和衛が、あんまり嬉しがるから

あんまり、うれしがるから―黒い闇が、湧き上がるほど


和衛の恋人が、

たった今、

彼を切り捨てて逃げた、金と、彼の剣を持って
俺はそれを偶然見ていた

 闇のような地下道、俺の地下室へ続く―あの暗い闇のような
 彼らはそこで談笑して、彼は俺にむかって手を振った
 彼の恋人は深く沈んだ顔をしていた
 
 急に、闇が光った
 
 彼の恋人の剣が、ひかった

悲鳴は誰があげたのだろう、


俺だったのだろうか

彼の血しぶきを、微かに被った



闇の中にいた…

かすかに、和衛の声、聞き覚えのある、柔らかな

「くる?」

ああ

ねぇ

俺、お前に、そう呼ばれるの

すげー・・・

すげーさ


「おい、クル」
「ん……、ああ」

 闇の中にいた
 深い闇が、目の前に垂れている
 
 光根を見ていた
 
 光根は、俺のだいじなものだった
 
 てをのばすと
 
 光根が、

ぼんやりと目をしばたく、
―あれ、光根は
はっと気づいた―和衛
真横で優しく俺のほほを撫でていた
なにやってんだ

「へ、平気かッ?胸痛んでないか?」

おたおたと見っとも無く慌てると、
和衛がくすっと笑った

「まだ、いたむけれどナ。平気」
うんしょ、とベッドの上に起き上がる
「馬鹿ッ寝てろッ」
叫んでドアに走り寄る、
和衛が叫んだ
「やめろよ、人呼ぶな」
「だって皆心配してる、
おま、馬鹿、おまえ、言ってる場合か」
静止も聞かず、ドアを開ける




ゆっくり、日が昇ってきた。
体を拭いてもらった和衛が、ぼんやりまどろんでいる。
その頬をちらりと見た後、また太陽を見上げると、
和衛がぽつり

「窓開けといて」
「虫、入るぞ」
「網戸」
「ん」

がらがらと網戸をひく、
さあ、っと風が入った。
太陽の匂いがする。

不意に、闇が恋しくなった―俺のいる場所は此処じゃない。
あの、地下、闇の、場所

光根が恋しい

「あいつ…見つかってないのか」
「…皆追ってる」

光根が恋しい

 王は、「追うな」と言った
 あいつの好きにさせてやれ、
 俺があいつなら、追いたくない
 
 俺は、追うだろうな。
 和衛を裏切ったんだ、
 許せるはずが無い
 
王宮に居る誰もが和衛を考え、
和衛のために、何かをしようとしている。

そう告げると、和衛はふうん、と言った。



「あっち行った、あっちだ」

かんかんかんッと固い靴が響く、
新品の、靴擦れのする。
固い靴。
和衛の傷はすぐに治ったけれど、
俺は彼女を追うことを止めなかった

和衛は死ぬところだった

「おい待てッ」

死ぬところだった

それを聞いたとき、どうしても彼女をつかまえたくなって

 自分の感情がよく分からない。
 激怒しているのか、
 彼女に聞きたいことがあるのか―それとも

 混乱していることは、確かだ


地下道、深く暗い闇
いるならば、ここだと想った

もうすぐ捕まえられる、その時、
マンホールの蓋がひらいて、
和衛が上から「落ちて」来た


「~~~~~~~~~~…」
あんまり怒ったものだから、
むっくり和衛の「下」でむくれていると、
和衛はぼーっと呟いた。
「お前さ、なんでそんな怒ってんの?」
「……お前が刺された」
「……ひはは」
「…何がおかしい」
「うれし」
嬉しい?
がばっと立ち上がる、和衛がうわあっと揺れる。
それを支え
「何がおかしい」
「嬉しいって」
いきなり和衛に抱きしめられた
和衛の目が涙にぬれているのをみて、

俺は焦った

「な、泣くな」
「お前おこんだもん」
嬉しいなぁ

そう言いながら、和衛が俺をぎゅうぎゅうする
苦しいよ

「うれし…クル、おこんだもん…」
「和衛…」
少し迷って、和衛を抱きしめた…
きっと、刺されてちょっと弱ってるんだこいつ
うん…、俺がついてないと



時折、和衛を殺しそうになる

逃げ込んだ部屋で、俺はやっと息を吐いた
息を止めていたことに、気づいた
光根が揺れていた

「勲章だってさ」

光根がまた揺れる、微かに。微かに

「和衛に勲章。」

ばさっと本を置いて、
椅子に座った
闇の中でも、なれた部屋



お父さんの
服を
盗んだ



闇の中で着るとそれはさらさらとしていて
光根の光をよく反射した
「凄い…綺麗だろ」
見せるように手のひらを広げる
少しだけ、お父さんの匂いがする

「はは」

涙ってさ、なんででるんだろうな

そして、なんで俺は泣けないんだろうな

なんでだろうな

目がひりひりする

目が、ひりひりする



和衛の勲章式
和衛は満面の笑みでお父さんの前にかしづいた
お父さんは微笑みながら和衛の頭にキスした―こころのなかがわからない

わからない

和衛を憎んでいるのか
愛しているのか

わからない

和衛が嬉しそうに父に微笑み返す

王様

思わず声が出そうになる

もう一度、王が和衛にキスした



闇は好きだ
例え、これが牢獄だとしても

王のキスを思い浮かべ、
服を着ながらそっと手のひらにキスしてみた
和衛はどんな気持ちだったのだろう
王のキスは
どんなきもちなのだろう



王に頼んだことがある

キスしてくれませんか


俺は、羨ましかった
ずっと、羨ましかった
王にキスされるたび、和衛が笑う、満面の笑みで
嬉しそうに、殺したくなる

俺は、王に一度でいい、キスされたかった

王はね、何でだって、聞いたよ

光根に話しながら、その水に湯気を入れる
ふう、っと光が増す

理由が無いだろうって




 和衛にだって、理由は無いじゃないか
 和衛にだって、何一つ、りゆうなんか
 
 りゆうなんか
 
 
 
 
 この光根がうまくいったらキスしてくれますか
 
叶うはずの無い思いを口にした時
俺の中でなんかが壊れた、

この光根のじっけんがうまくいったら

俺はキスしてもらえるのだ

そう、約束したのだ



服はたからものにした。
誰にも、触らせない。

「ばれたら俺、殺されるかもな」

そう言って卵パイを齧ると、
光根が少し、揺れた



「おい、くる」

光根を触っていると、和衛が入ってきた
いそいでカーテンを閉める

「光を入れるなッ
駄目になるだろッ」

「…こんなの、どうだっていいじゃん」

     
     
     
     怒りが吹き上げた
     
     思わず、殴りそうになった
     

「…」

ぐっと堪えていると、和衛がごめん、と言った

「お前にとっちゃ大事なものだったっけ」
「…何しにきた」
「別に。お前の顔、見たくてさ」
ふふ、と笑う。

きゅうに怒りが消える、可愛い顔

カプセルに入った小さな光根を弄りながら、
和衛が俺に
「父さんが、今度一緒にランチしないかって」
「え……」
お茶を淹れる手が途中で止まる

俺、行っていいの?

行ってもいいの?

え。

「お前も来るだろう?」
「え…あ、おれ、いって、いいのか?」
「当たり前だろ。
お前、さ。もっと図々しくなれよ」

なんだか和衛は寂しそうだった。



俺は舞い上がっていた
確かに舞い上がっていた

父の考えに気づかないほど



がしゃん。

がしゃん。

がしゃん。

ガラスが割れる、なんで俺、

なんで俺、泣けない、

なんで泣かない、

なんでこんな目にあってもまだ、泣かない

がしゃん。

がしゃん。

どんどんカーテンを開ける度、
光根はどんどん大きくなり、ガラスを破っていった

目がひりひりする

痛いよぅ

父さん

  
  
  父は俺に言った
  
  何を言われたか、覚えていないけれど
  
  俺は舞い上がって返事した
  

 「やっぱりお前が盗ったのか」
 
  差し出された手を、握り返すほど俺は舞い上げっていた
  
  叩き外されるまで分からなかった
  
  護衛がいっぱい出てきて、
  俺は取り押さえられた
  
 「ぬすっとが」


俺は舞い上がっていた

父さん


   「服を返さないならば、この城から出て行け」


父さん

光根

「ほら、ほら、もう元気出せよ、ほら、
どんどん破れ、はは、光お前ら大好きだもんな、
ごめんな」

ごめんな

「閉じ込めていて」

ごめんな




和衛は、父を殴った



荷物を持って、ふと、城を振り返る。
全て消えた。光根も。和衛も。父も。

やっと消えてくれた。

荷物がやけに重いな
何も入っていないはずなのに。

和衛、追って来るかな

「はは」

ふと浮かんだ自分の馬鹿げた考えに笑ってしまった
追うわけない。


思い返していた、あの時、あのとき

 かずえはちちをなぐった、なきながら
 ちちをなぐった
 
 あんた、あんたそれでもッ
 
 いいたいことは、わかった
 
 おれはぼうぜんとしていた
 
 ちちはかずえをだきしめ、どうした?と
 聞いた


「クルッ」

いきなり、和衛の声がした
幻聴か?

いきなり、手をつかまれた。



―王は―父は
母が他の男の子を身ごもった時、
母におろせ、と言ったらしい
いろいろな人が、そう教えてくれた
何度も、何度も。
それを俺に言いながら、笑っていた


あんたぁ、いらない子なんだよ

父に、愛されたかった

ここにいていいと、言われたかった

和衛を殺した

心の中で
何度も

何度も

和衛を憎んだ

和衛さえ居なければ、俺が愛されるのに

馬鹿な考え、
馬鹿な想い

光根の研究、決して実らない研究を
父がくれたとき、嬉しかった

例え、牢獄でも、嬉しかった

和衛の胸倉を掴みながら、
俺は、何か、叫んでいた
気づいたら

「お前を殺したい」

叫んでいた

なんで、追って、来たんだ



沼のほとりで、沼のけむりが空に消えていく
和衛は俺の背中にもたれかかりながら、
俺が泣き止むのを待っていた
ひっくひっくと、泣き止むのを、待っていた。

 しってたよ


小さく、和衛の呟き


 しってたよ


殺したがっているのも
愛されたがっているのも
憎んでいるのも

 しってたよ

なぁ、クル

お前が、どれ程俺を嫌おうが
お前が、どれ程俺を憎もうが

俺は、

俺はお前を好きでいるぞ

愛しているぞ



おれは、おまえを、あいしてる




クル、俺の目を見ろよ。
俺の声を聞いてくれよ。

お前の憎しみぐらい、

俺は、俺は、そんなの、
いいんだよ

―…憎んでいいんだよう

嫌おうが、嫉妬しようが、憎もうが、


 俺はお前を好きでいるから
 
 俺はお前を愛しているから



クル。


お前の、憎しみや、嫉妬は

あっていい。


あって、いいんだよ。


自分を責めるな。




なぁ、和衛なんで俺、
泣けなかったんだろう
なんで、お前に好きといわれたぐらいで
こんなビービー

ビービ―、泣いちまったんだろう

和衛の声が、優しくて

優しくて

お前が、愛されたいってのは




持ってていいから

持ってていいから


だから。


だから。

自分を責めないで。

自分を、好きになれ


「お前いい奴だよ」


―神様

―かみさま…、俺はなんもいらない

なんもいらない

和衛が、好きと言ってくれた、だから、なんもいらない

だから


どれ程辛く苦しい目にあっても
どれ程悲しく嫌になる目にあっても


愛する力を俺に下さい


神様、

どうか、


願いが叶うなら



光根のように。



どれ程嫌われても憎まれても愛されなくても見捨てられてもどれ程、悲しくても











人を、愛せる力が、欲しい


和衛を愛せる、


自分でいたい。そうだ。

ずっと、そうなりたかった。
2005-07-30 17:02:37