涙を捨てよう

涙を捨てよう
そう、思ったのは
実は自分が
だいぶ人を怨んでいて、怒っていたんだと
気がついた朝方だった

人を、愛していながら
求めながら、わたしは
人を深く、たぶん、誰よりも深く
おこっていた



人が、そうたいして
自分も人も、理解していない、ということに
気がついたのは
20をすこしすぎて
仕事を、したいと思い始めた頃だった

わたしの名前は
結、といって
ひともじだけで覚えやすいけれど
いつも、漢字の書き方は間違われてしまう
どうしてそうなるのかはしらない
人へんに吉とかいたり
いちばんおかしかったのは
「吉」だけだった時だ
これで、ゆいと読むはずないのに、と
笑ってしまった

笹の葉がすらすらなっていて
遠くの方で
ちいさな鳥の鳴き声がする

朝起きると
いらいらするようになった
起きたくないとか
もう、毎日毎時間
同じ時間におきなきゃならないわけではないのに
ただ、いらいらするようになった

だから朝は、
鳥の音を聞く時間にした

あれからもう
何年もたって
ふと、気がついたんです、と
返事の手紙の、書き出しに戻る



彼から来た手紙のあて先は
わたしの名前が間違っていた

それで、差しさわりのない文面から
こちらを遠くでこわごわ伺うような
そんな思いがにじみでていた

 あなたが不幸になっていたら、恐いとでも
 いうように



まいにち、同じ時間なんて
だいたい、そんなのは不健康だと
思いました、
疲れ果てて、眠れなくて
緊張のあまり、自分の叫び声でおきても
毎朝、8時に起きて仕事に行くなんて
不健康でした



人は、人を
理解していないのだ
理解した気になっているんだろう
それに、気がついたのは
先日、ふと入った店の中
隣に座った青年たちの会話だった

ひとりが、自分はよくやっているといった
ひとりは、おまえはでも、全然だめだといった

私は、どちらのことも
なんとなく、わかった
わかったから、すこし、
ほんのすこし
つみかさねてきた何かが
崩れような音がした

 自分はよくやっている、なんて
 言う人を
 人は、ほめることも
 受け入れることも
 認めることも
 できない

 それは、相手を見ている
 見ていない、の
 問題ではなくて
 いまの人の、たいはんは
 他の人が
 嫌いなんだと思う

自分はでも、がんばってきました、と
もうひとりは
必死になっていっていた

それも、また よくわかった

 かれは、自分が
 人よりがんばっているとか
 人よりすごいとか
 実は、そう言いたいんでは
 なくて
 ただ

 わかってほしいのだ
 ちゃんと、自分を見て欲しいのだ

それは、確かに
子どもらしい心かもしれない
いまの、たいはんの
人嫌いで、自分しか好きになれない
子供たちの中では、とくに
嫌われるような
未熟性なんだろう



見られない人と
見て欲しい人の
駆け引きは
いつも、見られない人の勝ち

どちらも、みてほしいというのも
みてあげられてないというのも
気がついていない



人に、期待をするのを止めた
それは諦めや絶望ではなく
たんに、人がそういうものなんだろう、と
気がついたからだ

そのあとで、笑おうと思った
死にたいと、思ったことも
くるしくて
この人の目の前で、いま死んで見せたら分かるんだろうか、と
思ったことも
ぜんぶ、笑おうと思った



人の声をおしはかる
その場その場の
流れで話す
彼らの「かんがえ」は
まったく根のない、
ながれのなかで出てくる「かんがえらしい」かんがえで
彼らは、じつは
自分だとおもうところまで
いきついては
いないらしいと
気がついた

彼らの評価は
すべて、彼らの視野から逸脱しない
「もっともらしい見方」から
脱しない



だれが、この世界のすべてを
知ることが出来るだろう
だれが、他人のすべてを
知ることが出来るだろう
いつも、端的な思考
端的な、自分よがりの、価値観と見方
だれが、お前を知るだろう
だれが、わたしを知るだろう

 お前の一面を見て
  お前のすべてを知った人が
  お前を批難するだろう
 わたしの一面を見て
  わたしのすべてを知った人が
  わたしを批難したように

しかし、それでも 人が人を
愛して、求めるように
その痛みは
なんの、たしにもならない
拒絶したがる思いの
なんのたしにもならない
また、人を求め、愛し、ゆるしてしまう

だれもが
知らなきゃならないことは
できないことと
しらないことと
いえないことと

わかっていないことだ




「君は、自分をなかなか教えてくれないから」と
ごめんね、というように、書かれた文字に
いいえ、教えようとしてきたよ
やってきたこと、やっていること
教えようとしてきたよ

でも、あなたは
人が嫌いだから、
人の言葉が、嫌いだったから
批難めいたとり方しか
できないみたいだったから
言わないことにしたんだ、と
思った

言わないことが
ふりつもる
「言わないでも通じるだろう」なんて
勝手な願いはもう、もっていない



手紙の最後は
では、御元気で、とかいた
御元気で、おしあわせに

あなたも、わたしも
げんきで、しあわせに



ただ、人に期待をするのをやめた
自分がやるべきことを
やりつづけようと決めた

人からの、賞賛はすくなく
批難ばかり、たくさんもらう

それに、もう
痛みはない

だけどやっぱり
そう、たいした人間ではないから
「こんなに、がんばっているのに」と
すこしは思う

それが、すこし
寂しさになる

ほんのすこし、痣のような
寂しさになる
2011-05-17 11:34:53