サグ

朝方だったようで
うすい青い砂漠森には
ところどころにはえた木から
黒い影が伸びていた
あるくと、きゅ、きゅ、きゅと
足音がして
なるほど、ここ鳴き砂なのだね、と
サグは思った

サグは黒髪のやせっぽっちで
どこかで手に入れた布を
不器用に背と頭にかぶり
風をよけながらてくてく歩いている

出だしは、確かに
迷子だったような気がする
と、サグは鳴き砂を踏みながら思う
迷ったから旅をはじめた
ここがどこかもわからないような
旅をして旅をして
迷い、迷っては旅をして
迷うことが旅そのもので
それがなんだか気に入ってしまって
気がついたら旅人になっていた

今日来たところは不思議な森で
地面はよくあるような泥土ではなく
金色の砂漠がしきつめられていて
光には青く、影にはところどころできらきら光るような
そんなところだった

その森をぬけると
目の前の少しさきに小さな町があって
すぐそばにこじんまりとした茶飲み菓子屋があった
かんばんにところどころ焼けた文字で「あかしや」と
かいてあった
よくみたら、「か」のよこに黒い小さなよごれのような点々があったので
どうも「あがしや」というらしい

なにか怪しいような気がしたので
サグはひとまず、すこし先にある町へと赴いて
こんにちは、あの店は何ですか、と聞いてみたが
町のひとたちは
いつできたのか、だれがはじめたのか
誰も記憶にないという

ただ、入ると
おいしいあたたかいお茶と
小さな白いおまんじゅうがでてくる
それいがいに、菓子屋になにがひつようだい、と
いわれたので
サグはそのとおりだと思った
まっとうな菓子屋だ、と
おもいなおした

亭主はどこか異国の人間らしく
金色の髪をして丁寧な態度の若い男で
入ると、白い清潔な前掛けをして
いらっしゃいませ、と静かな声でいってきた

奥のほうで仕入れか何かをしているらしく
茶と皿を置いて
注文が決まったら呼んでください、といって
奥に引っ込んでしまった

サグはとりあえずメニューを見ていたら
白い板に、彼が書いたらしい文字で

まっちゃ
りょくちゃ
げんまいちゃ
まめちゃ

しろうさぎ
いばなのうさぎ
つきのうさぎ
もものうさぎ

そうならんで

人手募集中、若い人
時給 金貨8つ
まかないあり

と、かかれていた

サグは早速注文お願いします、と呼んで
彼に しろうさぎと抹茶をお願いします
それで、ここに書いてあるのを
まだ募集していたら、
旅人でよければ僕を雇ってください
と つげてみた

そしたら彼は、少し戸惑いながらサグを見て
ゆっくりしばらく何かを考えてから
はにかんだように笑って
でしたら明日から来てください、
ところで、宿は、と聞いた



そんなことまでいいと伝えたが
近いほうがいい、ということで
二階の部屋を借してもらい
雑費は賃金からひいてもらうことにした

彼の名前はニワカ、サンというらしく
みんなニワカサンとよぶけど
サンが名前なので
先生とか偉い人に
ぜんぶで呼ばれているようだ、と
笑っていた

次の日からサグは店の皿洗いと掃除と注文と勘定をたのまれた
がんばって働いたが
それでもなかなか
ニワカサンの手を煩わせることは多かった

朝はまだ鶏が鳴く前からおきて掃除をして
夜はすこし早めに眠った
いつも窓から月が見えて
サグはこの部屋が気に入った

ニワカサンはあまり話が上手くはないようで
いつも物静かにきゅっきゅっと
うさぎのまんじゅうをつくっていた
たまに話をしたと思ったら、
餡を丁寧に白皮につつみ
おもてをかわいいうさぎにして
蒸し器の上にならべながら
うさぎは、鳥と間違われていたのか
とりのひとつなのか
羽とかぞえますが
ではつきにいるのは
うさぎなのか、鳥なのか、と
とりとめない不思議な話をするのだった

サグはそんなにニワカサンの話が
とても好きで、また自分も話好きなので
たがい、好き勝手に話しをしていた
昨日空のここら辺に月がありました、とか
砂の森からにひきのなにかがこちらを見ていました、とか

ある日サグが夜半分に
月を見上げながらなにか眠れなくて
ぼおっと空を見ていたところ
端のほうが明るんできて
ああ、夜が明けるな、と思ったら
ふと、青い鬼の手が空気からニュウッとはえた

サグはもともと旅人だったので
たまに遭遇する変なことだと驚きもせず
手を見ていたら
毛深い手にとがったつめがきれいについて
それは確かに鬼の手らしかった
何べんかこちらになにかをください、というように
手のひらを上にして
わきわきと指を動かした

しばらく見守っていたが、
どうもわからなかったので
サグはひとこと「あげるものがありません」と伝えたら
その手は急にぎゅっと手のひらをにぎりしめた
手のひらにつめがささったようで
ぽたぽたぽた、と血が流れて、
サグはなにか言い知れぬ悲しさに襲われた
さびしさ、だったのかもしれない

(そういえば、寂しさというのは
 いっとう 狂気に近いときいた)

そう思ったらいたたまれなくなって
サグは布団からおきて、
鬼の手をさけて扉をあけたら
目の前にニワカサンがいて
サグをだまってひきよせ
唇にてをあてて静かに、しずかに、といった

しばらくして窓から一番星の光がさしこむころ
鬼はしずかに血を流しながら消えていった
サグがニカワサンをみあげたら
彼はうん、と
ふたつひとつうなづいて
うん、うん、とうなづいて
それきり何も言わなかった

それから一番鳥がなくまえに
仕事の時間になってしまって
だいぶ忙しい一日だったので
その話は夜までしなかった

「あれはよくわからないのです」

ニカワサンはその夜
サグと少しおそい夕飯、
ご飯と、卵と菜をからめいためたのと
魚を焼いたものを
とりながら話してくれた

格安でここの家を買い取ったら
なにか、鬼がいたようで
毎月、この日ごろになると
私の部屋に出てきて
なにかをくれというように
手をうごかすのだけど
さっぱりわからない

毎日、毎日でてくる
そのうえ、なにもあげないと
手をぎゅっとしめてしまう
なにかたまらなくなって
ある日、
おまんじゅうでもあげようか、と思って、
白いまんじゅうをあげたら
大きな歯と汚い口が出てきて
がつがつ食べて

そしたら
しばらくは
いなくなりました

きまってわたしのところに
出ていたので、まぁ良いか、と
思っていたのですが
今朝はどうも
まてどもまてども現れないから
おかしいと思ったら
あなたのところにいったら
やはりでていたようでした

とうとうと話しながら
ニカワサンは
サグにいった



その夜、
ニカワサンは対鬼の手ようの
おそなえをつくっていた

銀のさらに白いものが
ひとつずつつくられ
並べられていく

サグはお手伝いします、といったが
ニカワサンは笑いながら
かまわない、見ていてください
と、いうだけだった

白いものは石と
もちのようだった
それにちょんちょんと細工をして
ニカワサンはウサギのようにつくってしまった

あれ、おまんじゅうではないのかな、と
思っていたら、
ニカワサンはサグを見て
ふ、とほほえんだ

私は、知らなかったのですが
ああいった手は
誰のところにでも
出るらしいです
でもまぁ、しょうがないことですね

それでふたりで布団を敷いてねた
いままでずっと一人でいたので
なにかどきどきしてサグは眠れなかったが
隣を見たらニカワサンはぐっすり熟睡していて
すこし、ひょうしぬけた

朝がたやはり鬼の手が出て
にぎ、にぎ、と
こちらに何かを求めるように手を動かした

サグがニカワサンを起こす前に
ニカワサンはもうすっかりおきていて
横においてあった銀のお盆から
石を差し出した

それを手にしたとたん鬼の口がにょっとはえて
牙のある獣のような唇で
ひとつ、がりがり、がりがり噛んだ
どうも噛み砕くことさえできないようで
いたい、いたいといいながら
しばらくかんで
やっぱり、いたい、いたいといいながら
もうひとつ、やわらかいもちをてにして
口にして
口にしたとたん
鬼が、ぼろ、ぼろ、ぼろと泣いた
おえつのように

 おお おお おお おお と

なきじゃくり
消えていった

呆然と、そのあとを見ながら
サグがおそるおそる、ニカワサンに

「あ、あれはなんですか」

と聞くと、ニカワサンは
笑っているような顔で

多分、うえ、です

「うえ?」

あれにかつには
いし、しかないんです

「いし?」

ええ いし か
それか、きもちです

そう、ニカワサンは笑った
2011-09-09 16:42:33