わすれもの

赤い花が
空にむかって
咲き誇り
やわやわと
あまい風に
ふかれていた

蜜があまい花だ
わたしはおもう
名前も知らない
蜜があまい花……

壊れかけた扉をあけると
すぐさきに、
古びた下駄箱がみえる

奇妙な話だけど
たけのこの臭いがする
下駄箱のとをあけると
きぎぎいと
きしむ
また、手紙がはいっていた

ひらくと
ひとこと、

このあいだ
メールで
しねと
かかれたものが
とどきました

苦しんで
苦しんで
ないたみたいに
しね、と
書かれていました

ひと、を
きずつけて
逃れられる苦痛なんか
ない

その手紙を
鞄のおくの
すきまのようなポケットにしまい
かわりに自分の手紙をいれる

みどりいろの便箋を
かんたんに四つおりにしたもの

それから、
玄関にむかう
木の床はきしみ
ききき、ききき、と
わたしぶんの重さでたわむ

靴下越しに
床のつめたさがわたる



朝日がのぼりかけ
桃色に染まっている
下駄箱をあけると
今日は
桃色の葉書がはいっている
ももの花の写真
うらに、

ひとをすきになりました
私のからだが
ひとつの楽器に
なったように
とうとうと
ながれだし
さけばずに
いられませんでした

それをまた、
丁寧に鞄の奥にしまい
かわりに自分の手紙をいれ
下駄箱をしめる
きぎぎいと音がする



――東京のそらをみましたか
星がみえないなんて
もしかしたら
背をまるめ
したばかり
見ているからかも
しれないですね

――顔をあげてみました
星はひかっていました
瞬いているんです
星、けっして
光つづけているわけでは
ないんですね……

――ひとの気持ちを
考えろって
いわれました
どんなに
考えても
わからなかった
泣いた

――みえるものは
けっして
自分の視野を
こえない
だから
ひとのことなんて
おくそくでしか
ないんよね……
憶測まみれの
自分をわかれって
ことでしょうか

――たくさん
ひとに
いいながら
おれ、おれを
さしおいてるなって
ちがうか……
おれを
忘れているな……

――わすれものです
わたしです
はんこください
ぼいんでいいです
わすれないで
いつも、いつでも
わたしを忘れて
ひとを、ひろうの

――助けてくれないって
ないてると
いやんなるから
またないことに
したんだ
そしたら
できることが
できたんだ……

――なんにも
わからない
なにか
わかれば
まだ、楽かな

――わたし
どこにいるのかな
わたしは
ここにいるのに
なかみだけ
まいごみたい

――わすれものです

――もう
うけとりました

――うちの犬が
子犬、うみました
かわいいです

――おれ、きのう
子猫うみました



――きのう
ぎんもくせいが
さきました
綺麗でした
いいかおりで
夜はかくべつでした

――綺麗でした


空をみあげたら
星がまたたいていた
月は見えなかった

どこからか
ぎんもくせいのかおりがした
綺麗な、あまやわらかい
かおり

――ひとを
すきになりました
いても
たっても
いられなくて
さけばずに
いられなかった


――お休みなさい

――さようなら

――こんにちは

――おはよう

――また、会える日まで

――ごきげんよう……
2012-05-12 20:18:57