嫉妬のうた

こんな気持ちだったのか、と思った

暗い川のほとりで
彼は魚をつっていた
つりが趣味なんだ、といっていた
なぜ、私を
それに誘ってくれたのか
わからない

彼は無言だった
私も、無言だった



彼は私にないものを
なにもかも、たずさえて
私がいちばん欲しかったものを
手に入れていた

私から見れば
彼の周りにはたえず
ひかひかとひかる
美しい想いがとりまいていた

まして、
苦しみや悲しみが
なかったとは
思えない
だけど、彼はそれをけっして
表に出そうとはしなかった



こんな気持ちだったのか、と思う

さいしょ、ずるい、と思った
次に、これが嫉妬なんだと
気がついた



彼が魚を釣るたびに
嬉しそうに私を見上げてほら、と魚を見せるので
しぶしぶ、笑うしかなかった

夕暮れか、朝焼けか
太陽のひかり
紫と赤のだんだらが川に差し込んだ
川がおおごえをあげて
流れ続けていた
その川のうわべが
きらきらきらきら瞬いて、
魚の影がふ、ふ、と
みえた

ふいに私は自分の腕に噛み付いた

どうなんだろう
人より、嫉妬をもらったほうだろうか

わたしは、わるくない
おれは、わるくない
私を呪い憎み苛立ち
私が悪いとののしり
私が駄目なんだと
叫んでくださった方々の
多くの顔を思い出した
とくにもう、
年をとった人間の嫉妬は
酷かった

彼を憎み彼を呪い
そう、彼は
私にとってずるいとしか
思えない
ずるい 私が持っていないものを
なにもかもたやすく
持っているように思えて
くやしかった

彼の所為にして
私は悪くないと
嘯くぐらいなら
私は私の怒りを
私のこころに きざみましょう
これが私の醜さ

彼を呪うぐらいなら
彼を祝いましょう

 ――ひとは、

と、ふいに おもった

 ――ひとは よわい ものですね

次々に
彼らの顔が思い浮かんだ
自分のプライドのために
人を利用した人
自分のために
人をおとしめた人
みな
自分はわるくないと
わめいていた

あいつがわるい
あいつがわるい

私は彼らの顔に
笑いかけた
私はお前らのように
私のみにくさを
人のせいにして
それでいて
違う人にすがるような
そんなことはしないよ

私は私のみにくさを
私の悪意を
人のせいだとか
人のためだとか
言わないよ


笑ってみせた
歯にちからがはいる
指先がびいっと
電流がはしるように
痛みに痺れる

笑われるかも知れない
月日をへだてた私の
これが
プライドだった

朝だった
川にいた魚がピシャッとはねた
昼にはない柔らかな光が
優しさをおびて
さしこんでくる

笑って川原で遊ぶ彼を見ながら
涙が流れ出した
肉が歯の痛みにたえかねて
すこし、血のあじがした
2011-08-04 10:56:37