バーンズは奇妙な悪党だった



バーンズは涙が流れるのが好きだった
「あ、なみだがでてきた」と
うれしそうにしているときが
時時としてあった

つらくて泣くのではない
恐怖や衝撃に涙が流れ落ちる
そういったことが
バーンズは好きだったのだ

だから、わざと
自身をきずつけたり
おいつめたりして
恐怖や衝撃を味わわせた
そうして、
流れ落ちる涙を堪能した

バーンズはまた
自身が悪人と思われることを
ひどく忌んだ
バーンズを悪人と思ったものを
逆に悪人とし
――それはたいていはバーンズの被害者だった――
ののしったり、貶めたり、
ばれないような暴力を使い
そいつが「改心」しないかぎり
嫌がらせを続けた
――だけど、たいてい、
バーンズが思うような改心はせず、
自死か入院をした――

バーンズは男だった
しかし、好んで女を名乗った
女になりたいから、ではなく
女と思われたほうが
都合がいいから、だった

バーンズは自分の理想の女
――か弱く、献身的で、不遇で、けなげで、無垢で、童話的な子――をよく演じた
そうして、周りに自分をそう見るように強制した



バーンズは眠る前に奇妙なことをする癖があった
なんども、なんども
親指のつけねからさきまで
こすりあげるのだ
次第に夢中になって、
「ええい、どうだ、どうだ」と
息を荒げながら独り言をつぶやくときもあった

だから、バーンズの親指は他の指よりよごれ、
ほっそりと削られたような形をしていた
それが理想の女のすがたとかぶるのか
バーンズは、その指を
とても、気に入っていた



とにかくバーンズは奇妙な悪人だった
「そう思われたい」という自身の欲望に
妙な執着を持っていた
自身を「そう思わない」ものに
徹底的に制裁を下した



ある日バーンズは自身の腹の中に何かがうごめいているのを感じた
自分自身を「小さな女に思うため」着た
女着をめくってみると
腹の上に、汚らしい顔があった
それが緑色の泡を吹き流しながら言うには
「おまえそろそろ地獄に落ちるぞ」ということだった

バーンズは
とうとう俺も頭がおかしくなったのだ、と思い、笑った
「地獄っていつだい、俺はいつだって死にたかったんだ」

それからバーンズは
いつも通りパソコンをたちあげ
「自分は、小さな理想的な女」だと思いこんで
そう装い、そう演じ、
その気持ちに酔いしれるためにつくりあげた
ネットの片隅のサイトにつないで
こう、キィボードでうちこんだ
「腹の中に猫がいる」
しかし、バーンズのパソコンは
うたれた文字を改変した
画面には
「これから仕事。大変だけど、やりがいがある」と流れた

バーンズは笑った
「とうとうおれもあたまがおかしくなったのだ」
そういって大げさに、げらげら笑った

目玉がひりひりした
皮膚はたくさん膨れ上がり
いつからか、かかっていた性病で
たくさんの斑紋といぼが出来上がって、
痛痒かった



バーンズには知り合いがたくさんいた
だけど、それらはどれも友達ではなかった

てのひらを見れば真っ黒で
親指に赤や青の腫れぼったい疣が
びっちりとくっついている
全身が痛く痒く
気にすればのた打ち回りそうになる

もうすぐ、死ぬのだろうと思えた
腹にできた顔のいうとおり
俺はもうすぐ死ぬのだろう

バーンズは考えないようにしていたけれど
どうしても脳裏に
かわいた、ひりあがるような
奇妙な気持がせりあがる

う、とうめいた
いつもなら
この時に、涙が流れるのに
流れない
もう一度、う、とうめいた
それでも涙は流れず
ただ、乾いた口の端から
長い音が漏れた

ふ、と見たら
バーンズの腹の顔が
キィボードをうっていた

 ―― 病におかされました

「仕事場に到着。きれいな花を見ました」

 ―― 医者募集

「みんな明るい職場。人との縁だけは恵まれている、>私」

 ―― たすけて

「いつも助けてくれてありがとう」

何をうっても、バーンズのパソコンは
バーンズ好みの「不遇だけれど無垢で純真」な
「女」の言葉をたれ流す

 ―― たすけて だれか たすけて

「感謝してます(^^)」

バーンズはまた笑った
――無駄だよ、俺の言葉は
ちゃんと流れないようにしたんだ
パソコン、そうしたんだよ
だって俺の言葉は――きたないから

「おれなんかたすからねぇよお!!!」



その三日後にバーンズは死んだ
悲しいことに
バーンズがいくら望んでも
バーンズはいつも冷静だった

バーンズの頭は、狂わないまま
狂い、腐っていった

そうして、狂死した



バーンズはバーンズに同情していたのだろう
だからたくさんの被害者をだしても
暴虐をやめなかったのだろう
彼は彼だけが
可哀想で、可愛そうだったのだろう