私はあれほど狂った憐れなものをしらない。



公園にいくと
ひとつのシャボン玉を
必死につくっている
ぶよぶよにふくらんだ妙な男がいた

驚いて
となりにいる
彼女の手のひらを握りしめれば
彼女が
ごらんなさい
あれ、シャボン玉のようで
呪詛玉のようよ、とつぶやく

私はいつも彼女の
美しい金色の髪の毛がきになる



みていれば、ぶよぶよにふくらんだ
男のくちから
いくつもいくつも
あわつぶがふきあがる

それがひとつおおきくなれば
濁り臭いシャボン玉になる
シャボン玉のように
まるくふくれ
うっすらと
妙な顔かたちがそこにうかんで
ふ、と、
空にはなれる

―それはどこかで見たかおだった―

濁って臭いシャボン玉が
彼のくちからたらりたらりとながれる
闇のような夜に
ふぐり、とゆがいて
ふかんでいく

そうしてぶわぶわゆれながら
シャボン玉のくせに
たくさんのことを口にする

ぶわぶわぶわぶわゆれながら

それは自分でじぶんを
可愛いといった
可愛いといいながら
においをただよわせた

―肉が腐り果てたような臭い―

確かにその臭いは、
「可愛い臭い」とでもいうような
奇妙な臭いだった

それはまた、自分で自分を
無垢だといった
無垢臭いにおいをはなった
美しいといった
美しい臭いをはなった

けっして
可愛くも
無垢でも美しくもなかった

それはじぶんを形容しながら
臭いを調合してははなち
そうして、
まわりを睨み付けたり
ののしったり
侮辱したり
おとしめたり
のろいがけたりしながら

ぶわぶわぶわぶわ、ゆれて
ゆれて
あるところで、ぱちん、と
きえた

ぶよぶよにふくらんだ男の口から
またひとつ、泡が浮かぶ
男はことばにならない声を
延々とのべている

ああ、呪詛だ
と、わかる

呪詛が口泡につつまれ
臭いはなちながら
まわりのろいながら
ながれていく――

ふ、と、
きがつくと
男はいなかった
どうしたのだろう、と
隣の彼女をみたら
地面をゆびさした

男はきたならしい、臭い臭い
泡だまりになっていた
そのまんなかに
まだまだ男の顔があって
うごかない唇を
必死に動かそうとしていた

――泡にうつった誰かの顔が
男のかおであることに
私はきがついた――

くるっているね、と
彼女はいった
狂っているね、と
わたしはこたえた

きゅうに恐ろしくなって
彼女の手のひらをなおもにぎれば
大丈夫、大丈夫、と
あんなものは、なんにもできないよ、
呪うことしかできないものさ、
大丈夫、と
なぐさめるように
やさしげに微笑んでくれた