うすいファンデーションをぬり
すこしきつめに
香水をつけて
彼女は美人風をよそおっていた

香水ははなのかおりで
きつくなければ
優しげに香ると思われた

……

彼女のかおは
痩せこけているが
ととのっている、のに
どこか、腐乱した死体をおぼえる

うすい風のファンデーションは
もしかしたら妙にあつく
くさって黒くなった肉を
隠しているのかもしれない

……

今日も彼女は
きれいに化粧して
お気に入りのビニール人形
――髪がぬけおち、
手あかにまみれてくろずんだそれに
爪を立てながら
独り言をつぶやいていた

「みんなあなたを怠けているって
おこってる
みんな、努力して
生活しているのに
よっぽどのなまけもの
苦痛なんかひとつもないんでしょ
病気にかこつけて
あまえてる
憎悪がとまらない
あまったれてる
どうにか、暴力をふるったりして
あまったれをころさなきゃ
みんな努力してるんだもの
あなただけ
そんなにしずかに
なんの仕事もせず
すとれすなく
平穏にすごすのは
ゆるされない」

彼女が、こういったことを
くちにしながら
友達だったはずの
ひとりの女の子を
なぶり殺したのは
もう、十年も前になる

とある事情で――ある団体の
トップのこどもだとか
トップの愛人だとか――
彼女とその子の事件は隠蔽され
彼女はこの、一見マンションのような
団体の施設に軟禁された

……
とんとん、と
ドアをたたくと
ナシナシはいつものように
眼鏡をとり、
ハンカチでこすりながら
その部屋からでてきた

マジックミラー越しの
彼女監視部屋

死にたい、と、
これまたいつものように
ナシナシはつぶやく

彼女の声がながれでる
設置されたスピーカー
そのスイッチに
黄色いテープが
ちぎれかけてはりついている
黒で書かれた「切るな」の三文字

わたしの後ろをついてきた三人が
ナシナシと交代に
軽く挨拶をしながら
部屋に入っていく

「お疲れ様です」
「お疲れ様です」

部屋のドアがしまるのをみてから
ナシナシがわたしの顔を
捨てられた子犬のように
困り果て疲れはてたように
みあげた

「ナシナシ、ランチいくの、
今日はナシナシだけ?」
笑いながら問えば
「ひながたさんとながたさんがいまトイレ」
「ひとりにするな、なるなって、いわれてるじゃん」
「まあねー、でも三人で、絶対目をはなすな、っていわれてんだからさー」
おおぎょうなため息をナシナシはついた

……

自殺が多くてさ

ナシナシはいう
ナシナシは団体のものじゃない
政府のものだ
――私は詳しくはしらないけど
とくそうなんとかというらしい――

なるべく、タフなともだちを呼べ
遊べって
お前しかおもいうかばなかった

ナシナシ、友達いないもんね

そういうと、
おまえがいる!
と、むきになって
おかしくて、わらった

ランチとか、夕飯とか
誰かと食えって
複数で食えって
食わなきゃやられるって
やられるってなんだよって
俺思ってた、
なんか、わかんないんだけど
あいつみてると
監視してるだけなのにな、
わかるんだ、
すごく、すさびれて
つかれて
毎日、たのしくても
友達とあっても
アニメみてても
絶望してくるんだ

そういわれた理由
いまなら、よくわかる
ひとりでいちゃいけない……

そういって
ナシナシは、
目の下のくまを
少し心配そうにこする

ある団体の子って聞いたけど

聞くと

その団体も
もう、自殺ばかりで
かいさんしてしまって
でも危険なんですわって、
監視していたひとりが、
私らに相談に来たんです

ナシナシの同僚の
ひながたさんが答えてくれた

誰かが見てないと
あれ、脱走したらことなんです

ひながたさんは
ハンバーガーをほうばりながら
とうとうと話す

見たところ、ナシナシほど
ぐったりはしていないが
目の下にはやはり、色濃いくまがある

スミマセンが、
あなたも、ご自分をよくかんりして
おちこみに気を付けて
また御飯たべに誘いにきてください

ええ、もちろん、と答えたら
うつむいていたナシナシが
ため息をつきながら
吐き出すように――願いのように
わたしにいった

こられそうなとき、また連絡くれ

ひながたさんがいう

俺らも友達、ひとりだけね
最初に極秘契約したでしょ
あれ何人もできないから
ランチはひとりだけ、
それぞれ、こなかけて
いけるときはきてくれ、って
いってあっから
人数ね、ふえるかもだけど
きにせず、しょっちゅうきてね

……
その夜も、ゆめをみた
彼女の部屋にいくと
いつもみる

真っ黒な肉
くさった肉のかたまり
そのなかに
いくつか、白く脂のかたまりが
へばりついている
ひとつが彼女の顔をして
ぶつぶつ、ののしっている

はなのかおりのような香水を
まきちらしながら

「どうしてわたしばかり
どうしてわたしが?
こんなに優れているのに」

「あれがなるべきよ
こうなるのは
あれであるべき」

「にくしみがとまらない」

肉だけに? にくのしみ? とか
変なことを私は考えている

とても臭い、すえたにおいがする
ああ、この臭いだ、と
ふとおもう

何で部屋越しに
いつも香水がにおうのだろう
ああ、疑問だった

香水じゃなくて、
あれは、腐臭、腐りはてた
肉の臭いだ……

……

彼女は臭いで
彼女の雰囲気を作るんだなぁ、と
ぼんやりおもう

化粧のように
臭いをかむって

美人風、可愛い風
でもよくかぎわければ
彼女は[臭い]

ああ、そうして
彼女はまた
臭いで

のろっている

……

夢のなか
幻のような
霧景色
やけに暖かな夜
月と星のしたに
川が流れている
どこまでも果てない空間

現実に彼女を
監視しているひとたちが
仏頂面で
彼女をかこんでいる

ナシナシもいる
泣きながら
さけびながら
彼女に努気をあびせてる

わたしまで
ずいぶん遠いのに
彼女のにおいが
漂ってくる

しらないひとたちもいる
知っている人たちもいる
気がついたら
たくさんのひとが
そこにいた

みな、いかりがおで
そうして、彼女とたたかっている

また、のろった

このやろう、
いいかげんにしろ

いろんな声があがる
声をかけあいながら
みな、たたかっている

家族、手を繋ぎながら
恋人も、友達も
手を繋ぎながら

ふ、と、
私は笑いそうになる
なんだ、たいしたことないよ
彼女はたんに
巨大な、
腐り果てじゃないか

……

かれらが怒りをぶつける
中心に
ふるえ、なきながら
ヒステリーのように
さけび、呪いをまきちらす
おおきな、腐りはてた
なにかのかたまり

巨大な腐りが
臭いをあやつって
命をのろっている
生をのろっている

――あの腐り肉に
ひとがむらがっていたんです
腐り肉をすうはいし
その臭いからなされる
呪いをつかいたがって

誰かが話している

――かれらは
あの腐りはてたものをつかうたび
うまっていきました、あそこに。

――ではあの巨体は
なんにんかの集合ですか

――腐りダマですね……

――まるで蠱毒だ


手を繋ぎながら
ひとたちははなし
怒気をぶつけつづけている

……

さなか
彼女が――腐り肉が
笑いはじめる
肉のなかに
たくさんのかおが浮き出てくる
ゆるして、ゆるして、と
泣き叫ぶ
たくさんのかお
たくさんのかお

顔と顔と肉に埋没しながら
狂いじみて
腐肉が
はじけるように
笑いつづける

突如、臭い肉のなかから
ひときわおおきな
ひとりの顔がうきでた
それは、彼女が虐待する
人形ににていた

涙と鼻水とよだれを
たれながしながら
それは、とてもおかしそうに
わらいつづけ
その口のなかから
臭いがはきちらかされた

ああ、正気だ、と
わたしはおもう

あのなかで
あのひと
正気だ

……

――やがてきます
腐り肉――核となります
彼女がついえたとき
すがりついていた彼らは
どうなるのでしょうか

――わたしには
わかりません

誰かが話していた