ゆるされないひとというものを
あなたは みたことがありますでしょうか

そうして
そういったひとが
ひとを業苦におとしいれながらも
罪をまぬがれつづけ
おもてむきは よいひととして
みなに
あいされるのを
みたことが
あなたは ありますでしょうか



赤い柱がいくつも並んで
丈夫な橋、大きな橋を渡るたび
「けっしてくずれない、だいじょうぶ」とは
思えても、すこし、わずかに怖くなる
これが壊れたら川にどぼん
縄の橋であっても、柱の橋であっても
下を流れる川は同じ

今日もお使いのびにー袋握りしめ
言ったら笑われそうな
ちいさな、思い癖
おびえを「たいしたことない、たいしたことない
だいじょうぶ、だいじょうぶ」と
慰めながら下だけみながら
早足で橋を渡る

ふいに、雨つぶが
足元に落ちた、
ぽつ、ぽつ
黒い影
あ、と思って
上を見上げたら
目の前にてぬぐいを
あたまからかぶった女性がいた

「ねえ、あちらのほうで
 ひめいみたいなの
 きこえるでしょう」

ほこりに汚れたてぬぐいの
はしっこから
真っ赤な唇が見える
それが少し歪んでつぶやく

ええ、と思って
耳をそばだてれば
工事の音、金属と金属のこすれあう
きいい、きいい、という音が
どんより湿った空気に流れ込んでいる

――昨日から、ビルの建築をしているのだ

思う間もなく
おんながいう

「あなたねぇ、あなたに
 ゆるせないひと、というものは
 おあり?」

そうして唇をにっこりゆがませる
ああ、こんな風な笑みを
いつか見た
どこにも笑みなどない
こころさみしい、すさみしか
やどさない、笑顔

まるで、歯と歯を
こすりあわせるように
ふるえて、歯のねが
あわないように
女はかすれて
歌いながら
続ける

「あれはねぇ、
 そういった
 ひとを業苦難に陥れつづけて
 罰を免れるだけ免れて
 それでもうわべだけ
 悪者ではないふりを
 しつづけたものたちの
 叫び声なのさ」

鳥肌が
きゅうに、全身にたちのぼった
恐ろしい思いに
うたれながら
それでも女の目から、目が
はなせない

ぼうぼうと
揺らぐような火が
目の奥に見える
見続ければ
そこは、どこかの部屋を映し出している

畳の上に
一人が寝ている
やけに、ひらひらとした衣装のような服
おざなりにしかれたゴザ
やつれたほほ
急にその目がみひらかれ
まっくろな、虚ろな瞳が
ひびわれた唇が、こえをつむぐ

――すいませんでした

まるで、何かに焼かれて
かすれたような声
その目が
涙を流すようにゆがむ
それでも涙は落ちない

『焼かれているんです』
現で女が言う
まるで夢の中で言われているようだ

『あの人は、おおくの罪を重ねました
そうして、それだのに
笑って暮らしていたのです』

目の中のひとのてのひらが
泥の中から這い上がるように
ゆっくりとうごいて
のど元にたどり着く

――ひい

かさかさした音のような声が
その唇から流れ出る
聞こえないのに
わかる

 ひ い

どんどん、肌が
ぼろぼろになっていく
吐息、かすかにひきつれながら
唇から流れ出る息がまっ白い

極限の寒さ
あるいは、炎に
焼かれているように
どんどんぼろぼろになり
老いていき
腐っていく
どんどんと、目が見開かれ
どんどんと、朽ち果てていく

生きながら

そうして
もういちど、 ひ い、 と
いって、落ちた

「ふふ」
目の前の女が笑った
まっさおな
空のような目

みえましたか

ああいう人たちは
獅子の待ちわび人なのです
業死をもたらす獅子が
ひたひたと
うしろをついてまわります

どんなに逃げても
どんなに忘れても
どんなに賞賛の中
うそでかためた うつつのなか
みずからのこころ
うち消しても

打ち消しても


 うろんの 現実
 夢のような 現実
 嘘で ぬりかためた 砦

 うらがわに こびりついた
 事実

 こびりついた 真実


彼らの死は
獅子が与えます
みえましたか
業死です

陥れた苦しみのぶん
免れた罰のぶん
死ぬ間際の
一秒間で、
彼らはすべてを味わいます

あまりに短い秒間ですが
その間に、何万年
時をおくります

彼らは、のがれた
すべてを
その時、味わいます

みえましたか

業の死です

悲鳴、なかったでしょう
でも、永い1秒
うちがわで
悲鳴を上げまくるんです
うるさいもので
それすら、とじられて
ああいったように
ゆっくりと
一秒間、地獄の責め苦をあじわうのです

とてもとても
外に出せない悲鳴があがるもので
それだけが
隠れて、ひびいていくのです

ああいった音に宿り
人の嫌悪を
あわだてるのです

それから女は見る見るうちに
黒い一匹のカラスとなり
があ、っとないて
ほこりまみれのてぬぐいをくわえ
飛び去った

後に残った私に
上から、声が降った

だから、安心なさい
2013-03-11 21:24:55