いつも苦痛をあじわって
いつもすさんで
いつもいらだち
そうして、外面だけよくして

でも、きかれたら
なにも、こたえられない



彼女は、自身の名前を
害悪とかいて、ガイアだという
地球≪ガイア≫とかけているらしい
彼女はそういうことが好きだった

いつからか、彼女はひとの夢に入れるようになった
それは呪いのようなものだった
彼女は気に入らないものの夢に入り、
精神苦痛をあたえることを
たのしみとした

彼女はひとの夢にはいると
そのひと、あるいは
そのひとの夢のなかの人物
――親族や友達を
ひどく虐待した

だいたいのものが
深い苦痛をもちはじめ
たいてい、三日もしないうちに
きがくるいはじめる
眠ることに恐怖をおぼえ、
眠らなくなるものもいる
一年もしないうちに、大半が死を味わう

ガイアはこの能力をもって
たくさんのものを殺し
たくさんのものを苦しめた

……

ガイアに苦しめられた
とある子は
三歳で、目の前で母親を虐待された
夢のなかで
しかし、なまなましく

ガイアはまた、そのこに
――お前がこれを望んでいるんだよ
そうささやいた
ガイアはいつも、ターゲットに
そうささやくのが好きだった

そのこは目をたくさんひらいて
なみだをぽたぽたおとした

「あなたは部外者だわ、わたしの夢の人じゃない」

そのこは言った
「あなたどこからきたの」

ガイアは急に恐怖をおぼえ、
目を必死にひらいて
現実にもどった

隙間から冷たい風のはいる狭い部屋
なにもかも売り払って
かいつづけている
薬とその空が
朝日の明かりでちかちかしている

ガイアはぐうぐうとさけんだ
「わたしのせいじゃない」
みょうにだぶついた二つのくちびるから
嗚咽のような音がながれる

……

ある日ガイアは
気がついたら遊園地にいた
たくさんのひとが
笑いあい、ときには喧嘩しながらも
きらめく音楽とあたたかな日差しのなか
たのしんでいる

ガイアはそれをぼーっとみていた
なにか奇妙な気持ちがしたのだろう
みずからの手足を確かめるようにみつめなおす

茶色く、ぶよぶよとした手足は
まるで自身のものではないようだ
洗っていない髪の毛から
すえた嫌な臭いがする

――誰かの夢にいるのだろう――

ガイアはおもう

――とてもひどく、殺してやろう、こんなことは許されない――

ガイアは真正面をにらみつけた
ねじりまがり、斜めになった目が
景色をとらえる

いつの間にか誰も彼もがガイアをみていた
ガイアをみつめていた

「あなた、名前がないのですね」

ふとみあげたら
空のところに、あの少女がいた
金色の羽なようなものが
彼女をくるんで浮いている

「さきほど、お聞きしたんですけれど、
ご自身のつけた、がいあという呼び方しか
お答えにならない」

ガイアはおどろき、くちをあけてすべてをみまわした
すべての人はもう人ではなく、かたちからして、おそろしいものとなっている
それがすべて、ひとつだったり、無数だったりする目で
ガイアをみている

その目、すべてに
怒りと殺気がにじんでいる

「いかがしましょうかね」

「名がないものははじめてです、どなたが作られたのでしょう」

「このものには、地獄ではおいつきません」

「まてまて、すこしまちなさい」

有象無象の目のなかから
ひときわ威光放つ
ふくろうのような金色の目がいう

「このものの誤解をといてからだ」

すうっ、とあたりがくらくなる
ガイアの目に
ガイアがとあるものを虐待しているシーンがうかぶ

「……やめて」

ガイアはかぼそくこえをあげる

「あたしは病気なの……やらずにいられないのよ」

「あなたは、ごかいされているようですから」

よく、ごらんなさい
だれかがいう
胸奥にひびくような
さむざむしいこえ

よく、ごらんなさい


目の前で、顔をゆがませたガイアが
だれかをひとつ、ふたつ
なぐりとばす
ご、ご、と
鈍い音がする

ガイアはいつも、相手をよくみなかった
ガイアにとって、
うっぷんがはれれば
それでよかったから
相手のことなど、ほんとうは
どうでもよかったから

いらだちをこめて
こぶしをあげ
うちおろせれば
それでよかった

――よく、みなさい

声が響く
ガイアは はじめて
殴られている相手の顔をみた

それは、ガイアだった
茶色くふくれ
ぶよぶよとした手足
だぶついたくちびる
黄色いなみだとよだれをながしながら
やめて、と
かぼそく、こえをあげている

殴っているガイアは
その声がきにさわるようで
顔を真っ赤にして怒り狂い
絶叫しながら
殴るちからをふかめる
――おまえがのぞんでるんだろうが!
おまえがのぞんでるんだろうが!!!
おまえがのぞんでるんだろうが!!!
――

みていたガイアは
声もなく、絶叫した

……

ほかのひとはみな
あなたが、あなたを
虐待するのを
みて
はきけをもった
それだけだよ

……


目が覚めると
いつもの天井が目にはいってきた
そこには
ガイアが張りつけた写真
――どこかの誰か、モデルの写真が
黄色くかびてはためいている
――下品なもでる
ガイアはいつもおもう
――どうしてこんな写真をはったんだろう
――現実のあたしは
あたしじゃないから
あの写真のあたしが
ほんとうの、あたしなんだもの
――……

よくみて

ガイアは目をみひらいた
それは
ガイアの若い時の写真だった

――なかまらしきひとたちにかこまれ
――たしか、友達ではなかった
ガイアはみんな、ばかだとおもっていた
嘲笑っていた――
プールサイド、水着で
苦笑いしながら
――まわりへのアピールにみちて
――自慢そうに――
ポーズをとっている


ガイアは悲鳴をあげた

――どうして、なんで、
あたしは、こんなことになっているの

しかし声は流れなかった
ただかぼそく、風船から空気が抜けるような音がした

あたまはきらきらして
いくら気絶したくても
できなかった
時間がやけに長く感じられた
心臓がひどくいたみ
のどがからからにかわいた

嫌悪と、錯乱と、絶望が
こうごにわきあがり
たましいがはがれおちるきがした

……

――あなた、なにが
したかったんだろうね――

どこからか声がする
足元から、なにかが
ぬめりおちる

大学の時
写真をとった
すこしあとのガイアがみえる
誰かに勧誘されている

だ、め、

ガイアはおもう
でも、声がでない


――これをのめばひとをのろえるようになりますよ、
あなた、さいのうがあります、
とくべつな、さいのうがあります、
とくべつに、ね――

目をぱちぱちさせて
真面目そうに、けなげそうに
ガイアがうなづいている

――あたしなんかに
特別な才能かわからないけれど
そういうことが、できるなら
勉強のため、やってみたいです

健気なこえ、無邪気なこえで
ガイアがてをさしだす
無邪気なほほえみ

あのころは、そういう態度が
いいと思っていた

とくべつなさいのう
あなただけ、とくべつ

――なにが、
したかったんだろうね――



ガイアの死体は
何年もしてから発見され
すこしだけ
話題になった

天井の写真は、
はがれおち、
ガイアの顔――くさりおちて
骨がでていた、そのまぶたあたりに
はりついていた

ガイアを覚えている人は
誰もいなかった
ガイアの本名は
消えてしまっていた

ガイアは近所の無縁墓地にいれられた