虚像の人

あたしあんなに奇妙で醜いひと始めてみたから
とても戸惑ってしまって、
ひとにたくさん、あの人はなんなんですか、と
何度もきいてしまった

聞かれたひとたちは皆曖昧に笑っているような、悲しいような顔をして
あの人について知っていることを教えてくれた

まるで暴君はひどい環境そのもので
そういうときのひとたちは
かたまるか、砕けるかのどちらかで
私の配属されたところは
のんびりしているシャッチョさんのおかげか
皆なかがよかった
どこか、ひととひとで
自然に仲良くなったようではなくて
熱すぎる連帯感があった
それは寒いなか身を震え
よせあうような
ハムスターみたいなかたまりだった

あたしあんまり奇妙で
なんの関係もない
あるとしたら、あたしがすこし、
気になっているだけ、という
隣に住んでるトムくんにも
きいてしまった

トムくんはハンサムではないけれど
清潔で引っ込み思案で思慮深い
あたしは思慮浅いからひとつですきになった
引っ越してきた当日から気になって
ある日トムくんが部屋から出てこなくなって
気になって気になって
たまに作りすぎた肉じゃがなんかをもっていったら
ああ、よかった、かね、なくて
ありがたいです、ありがたいです、
そういって泣かれた
それいらい、肉じゃがとか、おでんとか
私が作りすぎたり
トムくんが作りすぎたりして
ふたりで酒飲みつまむのだ

「それは虚像のひとですね」
しばらく考えたあと
トムくんは静かにいった
そのしばらく考えた、
なんてところがすきで
あたしはやっぱり
トムくんのそういうとこにしびれてしまう
しびれながら
「虚像?」
と聞いたら
「嘘のなかで生きているひとです」と
こたえてくれた
そうしてトムくんがしっている
嘘のなかで生きているひと
きっとしばらく黙っているあいだに
記憶から見つけてくれたのだろう
――嘘のなかでしか
いきられないひとの話を
何個かしてくれた

次の日いってみると
やはりあの人は変な服
――妙にながくさらさらして
汚れた服――をきて
みなが顔をしかめるのにかまわず
「今日もおつかれさま、
いい一日でありますよう」なんて
手と手を合わせるようなことをしていた

人に聞いたはなしでは
あの人はむかしどこそこの
宗教団体のナンバーツーで
ナンバーワンがつかまってから
ここにいれられて
その頃からずーっと
ずーっと変わっていないらしい

「あたし、あのひと
好かれたいのかと思いました」
そう、いうと、
すこし仲良くなったタナタナさんは
苦笑いみたいな
皮肉笑いみたいなものを
片頬にはりつけて
「こんなに嫌われて、
嫌われるようなことばかりしながらさ
好かれたい、は
ないんじゃないかな」
そういった

タナタナさんは
狂ったひとって
狂っていても
どこか整合とれてて
なおかつ、まわりに敏感なんだ
好かれたいなら
いやがられたり、
嫌われたりするようなこと
しないと思うよ
あるいは、隠すとかね
ああいった隠しかたじゃなくてね
そうつけたした

あたしたちの前ではあのひとが
いつもの嘘をついていた

あたしの癖で
奇妙なひとみると
ついじっと見てしまうのだけれど
あのひとばかりは
じっとは見られなかった

おかげでまわりばかりみてしまった
ほんのすこしのいわかん
まわりのひとたちは
あのひとのこと
嫌いすぎた
あのひとがつく嘘や
人達に与える危害は
やはり嫌われることだけれど
ほんのすこし、違和感があるほど
――それは殺意に近い、軽蔑にちかい
嫌悪、と、恐怖が深い



その日は嵐だった
タナタナさんはお休みで
代理にあたしの苦手なひとがきてしまって
話も弾まず、ただひたすら
庭の手入れをしつづけた

立派な豪邸――のようで
荒れるに荒れたお屋敷
お金だけはあるのか
誰が管理しているのか
雇われているこまづかいはたくさんいた
そうして、
ちょくちょく辞めては
つぎがくる

雨のときはみな家にはいって
作業をして
あめがやんだら
庭に出た
とにかく、ゴミをひろい
ゴミをひろい
邪魔な草をぬいて
ゴミをひろい、かたづけつづける

あたしたちは掃除人だった
ほかのこまづかいさんたちが
どんな風にしているか
よくわからないが
大きなお屋敷の広い庭を
ふたりで担当して
大量のゴミをかたづけるのが
仕事だった

ひとつのゴミを手に取り
それはコーラの空き缶だったのだけれど
あたしは、ふと、
――あのひとがちらかすんだろうか?
と、疑問におもった
片付けても片付けても、
次の日には
ゴミがあった

なんにも考えず
あのひとが散らかしたんだと
考えてしまっていた

腰がいたくなり、
たたきながら
豪快なお屋敷をみあげれば
あのひとはまた奇妙な白いもの
――としかいいようのない、もの――を
帽子のようにかぶり
なにかを見張るように
窓のひとつから外を睨み付けている

ふいに、風がふいて
雲からひかりがさした

あのひとはまた癇癪をおこしたらしい
ここまでその声がきこえる
みんな、――あたしも――
この声がきらいだった

人を――誰だろう――ののしり
ののしりながら、お決まりの叫び声につながる
――ワタシの才能を奪った
それは私がしていることだ、
みんなあいつにだまされているんだ
だまされている、みんなどうして……
かえせ、かえせ!!
わたしがしているんだ――
なにかが割れるおと
それから
すすり泣きとともに
うったえる声
――ワタシがどんなに、
どんな思いでいままで我慢してきたか
わかります……?
あなたにわかるっていうの?
――あの人にはこんな真似できない
できないでしょ?
ねぇ、東さん?
――やっぱりみなみはいいこね
素敵なこ、らんららんら、らんら
辛いことがあると
どうしても歌ってしまうの
――みんなかおが暗いな!うふふ
ね、うたわない?
うふ!――


つぎつぎ変わる声音、
ざらざらした、
奇妙な声をききながら
いつも、胸の奥が殴られるような気持ちになる

あたしはこの時どうしても目をそらしてしまうのだけれど
今日は、なぜか、
みつめつづけてしまった

あのひとは――彼は、男だった
自身のことを、か弱い少女と
うったえていたけれど
彼は身ぶり手振りで
おおぎょうにため息をつきながら
声をあげつづけている
その左右の目が
どちらも違うほうをみている
口からたらたら、泡がふきあがる

「みないほうがいいよ」
親しくない、タナタナさんの代理
カエデさんがいった
「あんた、まだ、しらなかったっけ」
そうして、しずかに
誰もいないのに、声をひそめて
「あのひと
まともなとき、何人も殺しているんだ
まともっつっても
あんな感じのことを
まともにいっていただけだけどね」
「……ええ?」
おどろいてすっとんきょうな声が出た
殺しているんだ、に
驚いたわけじゃない
まともなときから
ああいうことをいっていた、ってことに
あたしはビックリしたのだ

「……ほんとだよ
ここが宗教団体だったのは
しってんだろ?
捕まったのはナンバーワンだったけど
ほんとうは
あいつが指示したんだって
みんな、しっている」
それからお尻の大きいぶっきらぼうなカエデサンは
また、ゴミひろいにもどる

「前からあんなこといっていたんですか、
あたし、狂っているからだって、
おもっていました」
――殺しているんだ、には、驚かなかった
逆にふにおちた
みなの嫌悪、恐怖――
「……」
カエデさんは苦笑いする
ここのひとたちはみんな
苦笑いするのがうまくなっている
「友達がはいってたんだ……
自殺した――たぶん、あいつに
おいつめられたんだろうけれどね
教団の女の子がほめられると
そういうんだって
無理矢理にでも、
自分のための賛辞に
してしまうんだって
逆にね」
ひといきつかれる
「自身のした失敗や
非難されるべきことは
すべて、ほめられやすい女の子が
したことにしてしまうんだって……」
あたしはもう一度、彼をみあげた
「ほんとはナンバーワンに言いたいんだろうね」

曇った空からながれる薄明かりのなか
彼は髪をふりみだして
いっしんに嘘をさけんでいた
たぶん、むかし、いっていた言葉のまま

あたしは、ふいに
あ、嘘のなかにいる、とおもった
彼はいま嘘のなかで息をしている



「ああいうひとは
事実のなかでは
息ができんのかもしれない」
「……」
トムくんはあたしの話を
無言で聞いてくれている
そうして、たまに
いつものように
静かに思考している
「……好かれたいのかと思った
さいしょ、でもあのひと
たぶんたけど」
お鍋のぐあいをみながら火をとめる
今日もにものはおいしくいきそうだ
「しぶんのこと
素晴らしいと思いたいんだろうって
すごくて、素晴らしくて
……そうじゃない現実や事実や
そう思わないまわりのひとに
復讐してんのかなって」
「……どうしてそうおもいました」
「笑わんでね……あたし
あのひと、どうしても
狂っては見えんのよ……」
カチャカチャと、トムくんがお皿をならべてくれる
「まともなまんま、
気に食わんとか
そのほうがらくだとか
そんなきもちで
ああいうこと、しているように
見えるんだ」
トムくんが小さく笑った
それで、小さく、すきです、
みたいなことをいった、きがして
あたしはとたんに晴れやかなる心地になって
ええ、と、はしたなく
大声をだしてしまったら
トムくんは咳払いをしながら
「……それでも
狂っているのでしょう
そういう、狂いなんじゃないですか」
あたしもう、あのひとのこと
どうだっていいのに
赤くなりつつ
あたしが問いかけようとするたび逃げて
茶の間にすわった
あたしがにまにましながら
続いて座ったら
思ったより真剣な顔をして
ぽつりと、
「素晴らしいと思いたいあまり
そういう狂いにおちたのかもしれませんね」



トムくんとあたしが付き合いはじめて
一ヶ月もしないころ
あのひとは急にしんでしまった
その日あたしは辞表をもっていた
トムくんにも、やめたほうがいいと
促されていた
辞表を提出しに、シャッチョさんに
あいにいったら
彼が死んだとかで、みんな
あわあわしていた

すごく寒い日で
やけにゴミがすくなかった
そのなかに、ひとつ
手紙みたいなゴミがあった
ノートのきれはし

≪くだらない名誉や名声
金、権力
支配欲にまみれたおまえは
幸せなんだろうか?
いまはおまえが、憐れなものにしか
みえない
誰がお前を好いた?
誰がお前を尊敬した?
死ぬまで軽蔑され
きらわれてにくまれて
おれは、お前いがい
こんなに嫌われているものを
しらない≫



帰ったらトムくんがおでんをにこんでいた
すこしやさしくほほえんで
おつかれさま、と
いってくれた
あたしは、急に
泣き出してしまった



そのよる
トムくんといろいろはなした
トムくんがいてくれて
ほんとうによかったと
おもえた



あたしは
けいべつしかされなかった日々を
しらない

軽蔑されるようなことしか
してこなかったって
ことだ

あのひとは
その日日のかさなりで
壊れたのかもしれない

だから、嘘のなかでしか
息ができなかったのかもしれない



それから、普通の日がもどってきて
あたしは仕事をみつけて
いかに、あそこが
異様なところだったのか
思い出すたびにわかった

あたしは、当たり前の日々で
どうおもわれた、
どうおもう、をかんがえて
ふと、おもう

あのひとが
なんにも手にしていないこと
その手にしていなさに
すこし、ふるえる

それから一生懸命記憶をおいだし
また、ひととひととで
はなしにもどる

けっきょく
あたしたち
こどものころに
あじわった
すきと、きらいのはざまで
いつものように
なやんでいる

なにをてにして
なにをてにいれても
けっきょく
あたしたち――あたしたちは
好かれたり
嫌われたり
そのはざまで
なやみながら
すいていく

あたしたちは
もしかしたら
ずっと、ずっと、
片思い

ひとをおもう
ひとりおもう
片思いで
旅しているみたいなもんなんだ――

2013-11-14 21:26:47