イタチの殺人犯

いたちの殺人犯が山を歩いていた。

器用に2本足で。

いたちの殺人犯は殺人犯に見えない可愛さだった。

くらくらと時折立ちすくみをして

肩に担いでいた棒に括った荷物をちょっと降ろしたりした。

山は秋の山だった。

きれいな紅葉の葉が赤とオレンジに世界を暖かく見せていた。

いたちの殺人犯は少なくともその暖かな世界に似合っていた。

いたちの殺人犯が小さな耳をひこひこと揺らし、

荷物の中の鮭のおにぎりとおかかのおにぎりを

おいしく食べれるところを探していると、

一人の少女がいつのまにか側に立っていることに気がついた。

少女は赤い帽子と茶色いスパッツをはいていた。

少女といたちは何か一言二言したしげに話したが

その内容は忘れてしまった。

少女が話していた時の格好は覚えている。

いたちよりも彼女は大きかったので、

いたちを脅かさないようにせいぜい気をつけて、

羽織った(それは少女のお気に入りに見えた)ジャケットのポケットに

手を入れて気軽にしゃべっていた。

書き忘れたが、ジャケットは麻の白の下地にピンク色の線が入って

ポケットがやたらめったらについたジャケットだった。

着心地がよさそうだった。

少女といたちは歩いているうちに少し開けた場所に出た。

木がまあるくそこの広場を囲んでいて、

座るのにちょうどよい木が片隅に倒れていた。

少女といたちは当たり前のようにそこに座った。

いたちは荷物を降ろして包みを開いた。

鮭とおかかのおにぎりが入っていた。

大粒の米にしおしおののりが全部ではなく、パンの耳のように巻いてあって

とてもおいしそうだった。

少女はそれを見ながらしばらく無言でいた。

いたちはおいしそうにそれを食べ始めた。

「ねぇ、あんた、殺人犯って本当?」

少女はいたちが一つずつおにぎりを食べていくのを見ながら聞いた。

「お恥ずかしながら、私の家では

子供の世話はずるなの、といわれております。」

いたちの言った言葉は支離滅裂だったが、

その時空気にいたちの言いたいことが映像となって映った。

それはいたちの家の風景だった。

いたちの家には妻と子供がいた。

子供たちは二匹いて、一匹はまだ歩けないような赤子で

いたちの妻に背負われていた。

そこはストーブも煙突も火にかかってことこと音のするシチューなべもあって、

居心地のよさそうな洞窟だったが、

妻にとっては居心地が悪かった。

妻は走り回るもう一匹の子供を叱咤しながら箒で洞窟を掃いていた。

いたちはつまり子供の世話を一回たりともしなかった。といいたかったらしい。

それは妻の仕事だと押し付けた。

その事を、「いたちは、子供の世話をずるしている、と言われている」と言ったのだ。

やっぱり「殺人犯」とはなんの関係も無いので支離滅裂なことだった。

でも少女はそれで納得したらしい。

「いたちはよい殺人犯で本当の悪人ばかりを切っているのだ」と少女は思った。

それはいたちに家族がいるからそう思ったのかもしれない。

いたちはおいしかったおにぎりのかすを包みに包み直して、

枝に括り直した。

そして歩き出した。

少女はついていった。

いたちが獣道を歩いていると、

もう少しで目的地、(それは歩いているここからも見えるちょっと開けた頂上で、何かがあった)というところで、

巨木が目の前にどどーんと倒れてきた。

いたちは驚いて、おろおろしながら少女に

「どうしましょう、どうしましょう」

半分泣き声だった。少女は

「どうしましょうってどうにもできないわよ」

「そうですね」

いたちは肩を落として今来た道を戻ろうとした。

巨木なんていたちにはとても持ち上げられない。

ちょっとだけ「少女が持ち上げてくれるのでは」と思ったが

彼女が「どうしようもない」と言ってしまえばそれまでなのだ。

かなしげに去ろうとするいたちを微笑みながら少女は見ていた。

そしておもむろに巨木の下に手を入れると巨木を音も無く立ち上げた。

「さぁ。通っていいわよ」

いたちはとても嬉しそうに顔を輝かせた。

頂上に着くともう相手は待っていた。

黒っぽいやさぐれたいたちだ。

頂上には赤と緑のリングもごていねいに敷かれていた。

肩にタオルをかけ、腕にボクシンググローブをつけた黒いいたちに

「マネージャー」らしいおじさんがなにかつぶやいた。

ゴングが鳴りもしないのに、

いたちと黒いいたちはすでに決闘に入った。

やあ、とうやあ、とうやあとうやあとうやあとう

やあ、とうの掛け声が100辺ぐらい繰り返された後、

黒いいたちが融けてしまった。

あっという間も無かった。

審判のめがねをかけたウサギが「かんかんかんかん」と甲高い声で叫んだ。

「相手の失格だ!!」

木々が手を打って、わーっと歓声をあげた。

「異議アリ!!」

黒いいたちのマネージャーが叫んだ。

「裏技を使ったに違いない!!」

審判は腕を組んで、戦いの様子をじっと見詰めていた少女のもとに行った。

「君の名前は」

「(少女の名字は音ではなく映像で見えた。レモンを横にした形の1文字)ひるこ」

ウサギはじっと少女を見た。

「彼女は納屋にいた、(いつのまにかでてきた、茶色い木でできた掃除用具入れを指して)

ナメクジに違いない。」

掃除用具入れの映像。

中で箒のそばを一匹のナメクジがはっていた。

「ではナメクジが、塩をかけて溶かしたと・・・?」

誰かが言った。

「いや、ひるこには悪意はない、

ただみなと同じようにお零れをもらおうとしたのさ」

リングに飛び散る汗をひるこがいただこうとしただけだと、

ウサギは言いたいらしかった。それがお零れであるらしい。

それでどうして塩を撒くのか、

それでどうしてナメクジが溶けずに黒いたちか溶けたのか。

説明はなかったが夢の中では納得していた。
2001-01-23 09:00:00