もたされたほうきもって
掃いていた
その顔が ひどい無表情だった

***

もう、10年も
日曜の夜には
必ず、サクと散歩に出る

その間、サクと僕は
何も話さない

どうしている、とか
いま、なにしている、とか
最近どう、とか
やさしい取り留めない話は
もうずっと
していない

話すことがない

***

割れるような夕陽が
水のような雨の中に、沈んで
金色のおびをかいて
ゆれている

 だれも夕陽を
 とめることができない
 だから 夕方は心細くなる

サクがぽつりという



***

小さい頃、サクは
いじめられていた

それは、いま思い返しても
酷いいじめだったと思う

サクはいつも
押し付けられたほうきをもって
だれもいない教室の掃除を
無言で、つづけていた
 あのとき サクのてのひらに
ついたあとは
 まだ、のこっている

そのころ僕は、
いつも笑っていた

いつも
気にしていた
好かれているかどうか

たくさんの、ともだちが
なにをかんがえているのか
けれど、僕には
ずっと分からなかった

一年間、サクがたえつづけた痛みは
ふとした瞬間に、
僕にむけられた

なぜかはいまも、分からない

***

サクが足を止める
見たら
目の前に、たくさんの学生服があった
たくさんの学生服が
学生の面をうえにつけて
笑っていた



 必死だ

サクがわらった
ひさしぶりにみた
笑顔だった

ほっとした

***

 僕は
 お前のようになれないと
 いったとき
 サクは
 なにを、あたりまえのことを
 と いった

俺もお前にはなれない



 捨ててこい
***

顔色を 伺うような 時間
苦痛ではないけれど 曖昧な 失望
つねに失望しながら
これでいいのか 気にしている

ふつうだ、
あたりまえだ
だから あきらめる



居場所にしがみつく
誰でもない人たちが
まともを つくりあげて
 こだわりつづけている


もしかしたら、
幸福には
たしかな定義やルールが
あるのかもしれない

もしかしたら、
人間らしさには
たしかな定義やルールが
あるのかもしれない

漫然とした
苦痛、
しにたいほどではない
けれど
生きていたいと
思えない 苦痛

おまえはしあわせか

***

サクに殴られたのは顔だったのに
ぼくは、なぜかお腹が痛くなって
へたりこんで
無言で泣いた 本当に
人は 泣くときは 声が出ない

***

あがくな

 僕はあんたみたいになれない

好かれたがるな

 僕はあんたみたいには

誰が俺になれといった

***

夕陽が沈んだ
あめが細かい銀色の線を描いて
下にすいこまれている
黒い草原の
真ん中で サクはほっとしたように笑う

***



人と比べて
人を真似た







***








あがくな


好意を、
許しを、
愛を、
甘えを、
想いを

乞うな



誰になりたい
誰になればいい
こっちにいけば
幸せになれるのか

伺うな



たいした人間でも
たいした能力も ない
自分でありながら

それでも
望みを もつことを

おびえるな




***




 ひとりで

 あなたを

いきてこい


***
たとえ、人と比べて
なにもなくて、
価値もなくて
くだらなかったとして
それがなんだというんだろう

自分が嫌われるより
自分でない自分が 好かれるほうが
ましだと思っていたんだ


***




重ならない 自分と 人の 生き方は
でも それが なんだっていうんだろう




この世を愛してる