老魔

「いいえ、慈愛です」

老いた悪魔にみえるひとが
杖をついて、はねをひろげていう
口が歪んでいる
異様におおきな目が
息づくように
ぐうぐううごく

自分でも
信じがたいことだが
わたしは、きみたちが
愛しいのだ



みるものも
みないものも
うたがうものも
しんじるものも……

ふと、思い立ち
わたし、いぜん、
悪鬼にみられたことが
あります、と
つたえる

ああ、
よくある、よくある、と
わらわれる

人間、だれひとりとして
努めていないものはいない
みな、こころをかかえ
努めている
健気だね

道はからからに乾いて
太陽の日差しに
湯気がたっている
老人は、杖で熱した地面を
こつこつ。と、叩く

悪いものなら、悪い方に
よいものなら、善い方に
むかうのでしょう

悪いものなら
かならず、この地に
裁かれる

こつこつ。こつこつ。
杖が地面を鳴らす
そうして
また、わらわれる。
声はないのに、
奇妙に、
老人の笑いにあわせて
空気がふるえる。

そうですね、
ひとつあなたに
授けるなら

ひとの気持ちを追うんじゃない
自分の気持ちを追うんじゃない
感じるままにいなさい

いつか、わかってもらえるでしょう
暗いきもちも
あかるいきもちも
善いきもちも
悪いきもちも

すべて、ちゃんと、知られる
2016-09-03 07:45:14