渡り鳥

狂気の目と、
純粋なこころを持つ人の目は
似ている。



柔らかな雨が降っていた
あたたかい雪のような雨だった
なまぬるい、大粒の
重い雨だった

そういえば、
小さな頃、
雪だるまをつくって
朝、おきたら
しょんべんがひっかけてあった

小さな子に
幼き無垢をもとめながら
大人はその無垢に
苛立ちを感じる

その矛盾に
むなしさを感じた
彼らの うっくつした
大人になりきれない
あるいは無垢で居たい
幼稚で居たいと
のぞみながら
それを憎悪する
自分自身を憎悪する

未熟さに

からからな痛みを
おぼえた



彼女が私のうでにすがりついて
ああ、私が好きだといったとき
私はただ雨の中につきを探していた。

朧の黒い雲の中
月はぼおっと光っていた
ああ、あそこにある
今日は寒い

「あなたを飼ってもいいよ」 彼女は言う
そう、あなたは
私の母になりたいのね

そういったら彼女はクツクツ笑った
彼女は男に殴られた右頬のあざを
勲章のようにおさえた
「マザーコンプレックスは
 マザーコンプレックスを

 よぶんだよね」



私はいつも、わからなかったんです
さびしさのあまり
苦しめる人でも
傍にいて欲しいと 願う
あなたのこころが。

なぜ 生涯を
誰かに預けたいと
のぞめるのか
わたしには わからなかったんです




いったい、飼われながら
彼らはそういった
輪を首にしかれてしまうことへの
うっくつをためこみ
そう 自分の人生を
だいなしにされたような
むかつき だけど
それをのみこむこともできず
覚えながら
しかし、自業自得だとは
思えないで居る

私は彼女の右手から
結婚リングをとって
口にいれて噛み砕いた

母の檻のしたにありながら
母を憎みうらみ
自分の人生が母の所為で
だいなしになったと
わめく男は
母の変わりに
自分をあまやかし
そして自分を檻に入れて
あまいものを与えながら
育ててくれる存在を

求めている

彼らの傲慢は
世間、いえ
自分が成長することを
許さない
母親への怨みで
かたまっているらしい

べっとリングをはきだしたら
八の字にねじれていた
彼女は私にわらいかけた
だから、私も笑った
もう、逃げてもいいんじゃないの



次の日に彼に出会った
彼はすずやかなほほえみで私を迎えた
ひとりの女の子の檻を
噛み砕いてきた、といったら
彼は聞いているのか、いないのか

つきあい、恋に落ちてから
ああ、この人が嫌いだと
気がつくこともある

そう、いった



街にでたら急に腕をつかまれた。
紫色の着物のおびがゆれた
ふりかえると、「おう」と、
ひげの男が濃いサングラスごしに
私を見上げた。
おう。

あのおんなぁどこおやったか
おまえとあったんはぁ おれああ
わかってるんだ
おう あのおおんなぁあのかわりにいい
なるっていうなっらああ ゆるしてええ

やるうう

男の声が耳にぼわんぼわんひびいた
彼は私の隣でにやにや笑った
それで、
「そんなぁ、しらなかったんですぅ」と
笑いながらいって
そして、隣のバス停の看板に近づいて
(男がおう、といった)
その看板をふりかざして
重りがあるほうを
男に振り下ろした



先にすすむと泥川があった
泥川に彼女にもらった指輪、
八の字のゆびわを捨てた
きらんきらんひかって
流れていった

 こんなもので 人は泣く

そういったら、彼は笑った
男に二度も三度も看板をふりおろしたので
警察を呼ばれた
捕まってしまったらめんどうだから
私たちは秘密の路地裏で
息を殺して朝を待った

警察はしつこくて、
深夜も、朝方も
ぱあんぱあんと他愛のないサイレンを流しながら
わたしたちを探していた
 あるいは、違う事件かもしれない

もう夜はすぎさり
紫と赤の夜明けが来ていた
私は彼の手をとんとん、と
たたいた。
彼は私にその金色の目でほほえんだ
ドブ川で指輪
一度、月のように光ってきえた



彼女、どうなると思う
そう、聞いたら
笑って答えなかった

 ♪ 今日も明日もわたしはつづく
 何の因果で ここにうまれた
 後悔ばかりの かなしい人生
 明日は明日の光が昇る

 けれど 今日は
 月も見えない

朝方の月が白く輝きながら
赤黒い空に取り残されている

 ♪ いつか地獄 いつかここから
 こえていこうと
 そればかり 夢をみた

 幸せばかり のぞんでいる

 ♪ 悪鬼は人か
 あるいは 私か



誰かに手前の人生のかいけつを求め
人生のちょうじりをもとめ
しあわせをもとめたところで
あなたの人生を
肩代わりしてくれる人など
ひとりもいない



鳥が鳴いた
甲高い声だった

鳥はね、蛇の一種なんだよ
彼がいった。
2011-07-24 16:47:57