失ってはならない

なにか、雨は
細く細く
銀色の矢のようにふっておりました
それがあまりに細いので
ひとにつきささり
それが痛々しく
すこし恐ろしいようでした

それでもその雨の合間に
うつくしい光はさして
太陽がひとひかりするたびに
稲妻と細痛い雨の中
きれいなきれいな光のつぶが
虹となってはじけるのでした

黒い板か壁の前にいたので
思ったところに手をかけたら
それはくさっていたのか
さっくりわれて
私を中に招き入れました

そしたら美しい金の着物を着た
奇妙な人がたっていて
私を指しました
それでいうには
あの雨上がりには
小さなつぶがたくさんたくさん実りますから
だいじょうぶです 何も心配はいりません
とのことです

そういえば、私は
私がいま
汚れているのを分かっているので
それがつらいのでした
それでその人、どなたかは存じませんが
その金のエゾシカのような角をつけた
なにか異形な人ならわかるかと

「私は今私が汚れております」と
申し上げましたら
「少し眠りなさい」と
笑われたのでした

それよりほか
その人は、なんにもいわれませんでした
そういえば、私は私を失っているようでした

我をはるというのは私を失うことのようでした

私は手に桃をもっていたので
金色の、やわらかにひかる桃と
その枝をもっていたので
その人に「お食べになりますか」と聞きました
そしたらその人はほほ笑んで
ありがとう、と
私の左腕にかみついてしまわれました
ええ、それは桃ではないのですが

でもまぁ、かまいませんでしょうと
上を見ましたら
ビルの隙間のような
黒い発泡スチロールのような
そんな隙間のここからは
空の雨が銀色で矢のようで
それがスミスミと命をきりきりさせているのが
まったくわかるのでした

 審判は ほんとうに
 美しく
 そして 荘厳で
 そう
 私には恐ろしい

 本来の審判は
 「きまった」ということで
 思いあぐねる、や
 さばき、や
 そういったものではなく
 きまりました、ということです

 そう、することが
 決まってしまうことを
 審判と呼びます

私は左腕にかみついていた
その人の髪をすこしなでて
それで目を見たら
その人は金の目に青の縦筋をもっていて
それがなにか美しく恐ろしかったので
私はそっと口づけをした後に
その人に わたしはたべものではないですよ
と 申し上げましたら
あなたは おいしいのです とおっしゃるから
あなたがたのいうことは
私にはわからない、といったら
その人はなにか薄い笑いを浮かべて
あなたのいうことも
私にはわからない そう おっしゃるから

ふふ と 笑いました
なぜか、その人が私であり
私がその人であり
そして互い
大切に 愛しいと思っていることを
わたしにはわかっていたのです

桃を空に投げましたら
それは はちりはちりと
さんべんまわったあと
ぱあんとわれて
美しい金色の光を流す
お星のようになりました

それで金色の光を流しながら桃はそらに
ほちろ ほちり とまわりながら伸びていき
螺旋のような階段がそこにできました

私は笑いながらその人を首ごとかかえて
また空に投げましたら
その人は おおい なにをするんだと
叫びながら ほちろ ほちろ と
まわりながら 空ではないところにのびていき
やがて黒銀の螺旋階段ができました

私は笑いながら桃の枝をもう一度
私のわきにさしました

さて道がのびて
その先がなんであっても
私は私を失ってはならない
心というのは
私にあって
それは愛というよりどころに
すがたをみせると
いまいちど 想いなおしました

どの道も等しい
ただ 失ってはならないことは
道筋ではない

私は笑い また歩み始めました

金と黒の螺旋階段は
なにかたのしげに
ふたりじゃれあいながら
まだ 伸びているようでした
2011-08-31 16:10:07