今日ね
となりにトラがいて
ずっと
話してくれたんです
そのトラは
どこかの国の、奥にいて
いつもは笹を食べているんだそうです
肉を食べないでいれば
仙人虎になると
いわれたんだそうです
別に仙人には興味が無いけど
一緒にいたい仙人がいるんだそうです
あごを、なでてくれるんだそうです

むかしね
虎が人間だったころ
虎はとても傲慢で強欲で
威張った人間だったそうです
それでね
ある日
虎のね、友達が
虎もうかったことのないような
いい試験に受かって
それで、虎はね
苦しかったんだそうです

3日後にね
虎は友達に会いに行ったら
とても変な顔をしていて
―― もう、なにをいわれたのかも
おぼえていないのに
その顔だけを
おぼえている――
虎は、その友達に
おめでとう、俺はうけなかったけど
これから
仙人でもいったことのない
業獄へいって
そこで、ものすごい宝を見つけてくるよ
おれは、その行き場を
見つけたんだ
そう、いってしまったんだそうです

それでね、虎は業獄へいきました
それはあしのたくさん生えた川原の
まくろい橋の下、
誰にも見つけられないような
小さな木の洞にあるんだそうです
そこで虎が誰も知らないジモンをとなえると
あながミョオと大きくなって、
業獄につながるんだそうです

調べて見つけて勇気のでないままに
ほうっておいた業獄の穴
なに、しにはすべえ
手土産として酒も持った
虎は、いまこそ
 みかえすべきだと
えい、あ、 と
身を投じました
まくろい道のあちらこちらに
鬼火がゆれて
はしり はしるたびに
なにか こえがきこえて
おおおお おおおお
おおお おおお

そしたらね
走りすぎてぶつかって
ぜいぜい、ぜいぜい
声を出して見上げたら
赤い目をした、金色の鬼
とても大きな鬼が、いたんだそうです

虎は、とても怖かったけれど
あの、顔を思い出して
なにくそ、おれは
ここで通さなきゃ
心が折れる、くそになると
思い込んで
えいや、と
言ったんだそうです

宝をもらいにきた
土産は地の酒
さあ、通してもらおうか

その鬼は
笑ったんだそうです
たしかに、笑ったんだそうです
それでね、虎に言ったんだそうです

では、地の酒をもらおう
宝なら、そこにある
ちゃんともっていけよ、と

ああ、どうにかなった
よかった、よかった
なんだ、鬼っていたって
たいしたこともない
そう安堵しながら
宝物をかかえて
虎は走ったんだそうです
でも 走るうちに
体がななめになってきて
痛いようで、つらいようで
ああ、走らなきゃ 走らなきゃ
そう思ったんだそうです

そしたらね、
虎は地面からにょっきり生えていた
地蔵様にぶつかりころんで
地蔵様がつい声を上げて
「おお、いたい
 おや! お前は何を抱えているの」
そう、言ったんだそうです

虎はびっくりしました
いえ、でも
ここは業獄です
石で出来た地蔵様でも
お声が出せるに違いない

それで虎は申し上げたんだそうです
いえね、
それで、、話しているうちに
きゅうにふりつもった声が出て
友達のことも
宝のことも
話してしまったら
地蔵様が ふ ふ ふ と
笑ったんだそうです

おまえがかかえているのは
おまえの肝じゃあないさ
もうここまで
抱えて走ってきてしまったんだね
ずいぶん、とりだしてしまったようだね

びっくりして
虎が見たら、確かに
虎が抱えていたものは
自分の、肝でした

気づいたとたん虎の全身に
ものすごい痛みがおちて
あまりの痛さにうめいていたら
その地蔵様が
急に、背の高い何かもわからない人にかわって
しょうがない

そういって、虎を
地蔵様の隣に打ち捨てられたように
そなえてあった張子の虎に
いれさせたんだそうです

そしたら虎は虎になってしまい
虎ですから名前もなく
見たら自分の肝を抱えた
男の死体の前にいました

そこはもう現世で
あしのたくさん生えた川原で
びいうびいうと
たくさんの風が吹いていて
おなかがたいそう減っていたそうです
だけど、どこからか
声が聞こえて

あのね、これから私がよしというまで
肉を食べてはならないよ
したらね、
お前は仙人虎になれるから

そう、いわれたのだそうです
―― だから
おれは、肉を食べない ――
そう、虎は笑いました

だまされているとして
それでも、かまわない
ああ、みっともないほど
おれは、おれを
くるしめていたね

ざあっと、あしの葉が
遠いところから吹いた風に
いっせいに、ないだので
私は目をつぶりました

月は上の方にあり
どなたかの目のようでした
美しいと思います
2011-11-06 18:19:32