人を 愛そうとおもい
愛する資格が
無いのに気がつく



まっくろい海辺に
たくさんの花びらを散らして
たんぽぽのような、黄色い花が咲いている
ようくみると
それらはたんぽぽではなく
小さなひまわりだと分かる

―― たとえどれほど
美しくみえても
綺麗過ぎる湖に
魚ってものは
いないんですよ。

携帯のラジオから
ぶるぶると
音が流れ出す

―― まるでなにもない水のなかで
泳ぎたいだなんて思えないでしょう?

千賀子は笑いながら
さんざめいている砂浜で
ただ、貝殻があっただとか
月あかりにひかっているだとか
叫んでいる

私はうんざりしている

ねぇ、たんぽぽがいたよ

そう笑いかけるから
すったタバコを携帯灰皿に押し付けながら
そう、とだけ答える
携帯のラジオを消す

いいたいことが、きえたとき
つたえたいことが、わいて来る

わたしのことが、きえたとき
あなたに、つたえたい
わいてくる

千賀子が
小さな声で
歌っている

私はそのスカートが海にすこし湿り
たくさんふわふわしているのを
ぼんやり見ている

どこかで見たワンシーン
やすっぽい、カラオケのTVで見た
映像の中の
アレに似ている

ふ、と
昔見た光景を思い出す
千賀子の赤いスカート
茶色いガムのような靴
けっして、重ならないのに
ゆっくり
過去の景色と重なり合う



うす暗い曇り空
雲はそれでもあつくはなく
ぼんやりとした月明かりが
すきまからこぼれおちている

黒い木々の隙間を縫うように
姉と裏庭の山を駆け上っている
いつのころの記憶だ

黒い池に青い花が沢山咲いている
みどりのちいさな蛙が
波紋をかきながらすうっと泳いで過ぎる

真っ赤な色をおびた川のようものが
わきをとおって
びゅううっと過ぎていった
ひどく胸がざわめいて、痛かった

ねえさん、なんだろう、とんでいるよ
そう聞いても姉は答えない

さっきからずっと、なんにも答えてくれない

すきまにたくさんの青い花が
その赤い色にゆれて
ぶうぶう音を立てている

白く光る鳥のようなものが
前の方から飛んできて
こまかい霧のようにひろまり
それがまたかたまって蝶になる
ひかひか
ひかひか

ねえさん、あれはなんですか
そう聞いても
やっぱり姉はこたえない
私の手を握り締め
ただ、ひたすらに歩いている

―― ……ウウ、ウウ

どこかで声がする

ねぇさん、こわいよ

つぶやいても
姉は振り返らない
ただ、真白い髪をふりみだし
ひっしに足をあげ
山を登り続け
私は引っ張られる手が痛くなり
だんだん、しんどくて
涙が流れる

ねえさん

あねが急に振り返る
目がまっ黄色で
ぎらぎらしている

―― おまえはだれもあいしていいんあらああらいらあ
おまえはだれもあいしていてあくぁわ

叫び声が姉の真っ黒い口から流れ
びっくりして
ただ、呆然と
そのぶめぶめと動く
色の薄れた唇を見続ける

―― おあおあおあああわ
おああわあああああああわ
おああわあああああああわ
おああわあああああああわ
おああわああああ

ふ、とまた景色が戻る
真っ黒い海の前で
千賀子がいる
目だけが光って見える
それ以外、何も見えない

急に千賀子が言う
唇が赤く湿り
ぶりぶりと動いている

―― 胸の中になにか
かたまりのような
とげのようなものがあって
それがぐるぐるまわっている
胸の中のどこか
とても深い部分を
ひどく、痛ませる

わたしは わたしにリスクを感じている

―― ああ

ああ、といったあと
なにもいえなくなる
ああ、

だあんだあんと
海辺のなみが
寄せては打ち返す

―― きっと裁かれるなら
正しいつもりでやさしいつもりで
人を苦しませた
わたしたちさ

―― 醜さにもだえくるしみ
だれもがあがいていることなど
こどものときは しらなかった
ただ私の正しさを 信じていた

…… ガムいる?

私の声が聞こえないのか
千賀子の話は続いていく

―― ひとりよがりの愛情
あてさきに
誰もいない
思いやりでも なんでもない

―― 人を愛する資格がないと思った

急に、千賀子が叫びだす
ああ、こまったなぁ、
笑いながら走りよって抱きしめる

落ち着きなよ

―― 誰が私を汚したの

ああ、すごい目だなぁ、と思う
笑いそうになる
落ち着きなよ

どうしてこれがあるのか分からない
どうして生まれたのかわからない
きっと理由はない
原因があるだけだ

なんの罰だと
もだえ もだえ
もだえ もだえ
なんの罰だと

―― 子供のころの方が ずっと 残酷だよ
 だって正しいじゃないか
 だって ただしいじゃないか
 だあって じぶんだけが
 ただしいじゃないか
 
 そばにだれもいない ただしさ
 じぶんのせかいの ただしさ
 裁判官は じぶん
 さばかれるのは じぶんにとって
 わるいとおもえた ひとの おこない

 ひとのいない ただしさ

千賀子が私を殴り始める
痛いなぁ、と思いながら
抱きしめ続ける、いやだなぁ
いやだなぁ、いやだなぁ

いやだなぁ

千賀子 いやだなぁ
なんて嫌な世の中なんだ

なんて嫌な


―― 無力さをかみしめ歩いていけ
挑戦だけが お前の力になる
みのほどをしれ 誰のものでもない

―― 善良
お前の愛だと 思いこんで口にする言葉は
とげになる

―― 無力さを かみしめて 歩いていけ

―― お前の正しさをすべて捨てたときに お前は笑うさ


千賀子が不意に黙る
手のひらも、ぶつからなくなる
この人を
ずっと、愛さなきゃならないのか
そう思うと、すこしぞっとする

―― 正しさが悪意だと認めればいいのに

ああ、いやだなぁ、と
また思う
とても、深く
とても、思う

―― じぶんのただしさは
 ひとへの悪意

胸の中のなにか痛いものが
ひどくまっぐろい色をして
ぐらぐらと煮えている

姉さん、と
こえがでた


千賀子を抱きしめながら見上げれば空には星がたくさんあって
月が真ん中できらきら光っている

きみは 自分が 許せない
だから ひとが 許せない

どうか

誰のことも
裁けなくなれ
2012-02-22 18:51:14