願い事

せんじつ
ひょんなことで
足の裏を見ていたら
きみ、あれにも
しわがあるんだね
そのしわが、
やわらかくながれている
あれが俺を支えているのかとおもったよ

そう焼酎は呟きながら
あだなのもとにもなった焼酎を
またくびびとのむ

夜なのにやけになまあたたかく
風は吹きすさんで
がんごうがんごうと
鳴り響いている

ビルの奥でのむ焼酎は
なかなかおつだね、なんていいながら
わたしに微笑みかける
わたしは戸惑いながら
そうかい、
わたしはのめないからね
わからないよ
おあいそをうかべ
自販機で買ったコーラを飲む

ぱちぱちはじける泡
あけたてのコーラは
きつすぎて
あまり飲めない

電気の消えたビル窓から
月がみえる
町明かり
ちかちかとまたたき
たまに、ここまできこえる音で
電車が走る

まるで巨大ないきものが
呼吸をしているようだとおもう

なぁ……
うん?
かえしても
焼酎はなにもいわない
話しかけてきたくせに
私は消えたパソコンの列を眺めながら
長かったな、と思う
お疲れ様でした

パソコンって、
どうするんだっけ?
聞くと、焼酎はかんたんに言う
業者にさ、昼間データ消したじゃないか
売るらしいや
このさいな

……ああ

社長はまだ
つかまってないらしい
うわさでは、
海外にタカトビしたとか
金もないのに
タカトビなんか
できるものか
ははは

……あいつの罵る声さ
おれぁいまだ、
耳にこびりついてるよ
難聴になったやつも、いる
ああ、

……そういえば、トイレに噂があったな
ああ、あれな
なんでも真夜中の2時すぎに
トイレにいくとマシロイ蝶がいて
ひとつ、願いを叶えてくれるらしい

見あげたら100円ショップで買ったシンプルな時計は
りちぎに2時四分をしめしている
あれは、どうするんだろう
売るのかな、ふと、気になる
静かに時が刻まれていく

焼酎が
じゃあいってみようという
べつに、いきたくないよ
願い事、ないのかよ
……ないな

笑いあっていたら
エレベーターがあがってきて
さとこちゃんと町屋がはいってきた
あれ、いたんす?
町屋が言う
なんだおまえら
ああ、おれらつきあっとったんす
言わなかったすけど
それで、さとこちゃんもいう
みんな来ますよ
いま、カラオケしてて
2時でしょう、終電にがして
ああ、なあ、さとこちゃん
トイレの蝶の噂知ってる?

ジュースをビニール袋からだしはじめた
さとこちゃんを手伝いながら聞く
ええ、私も見ましたよ
そうこたえる
あれ、じゃあ、願い事、したの?
そうしたら、さとこちゃんはわたしを真顔でみて
内緒です、と
静かにいった
内緒です、

その言い方が少し重くて
そう、といって
ちんみや酒やジュースを机に並べ続ける
蝶なんてな、
三本足のりかちゃんとかよ
よのなかは
キテレツだよね
怪談は理不尽だ

……理屈があるようで、
すべて、理不尽ですよ

また重い声で言う
この子もいろいろあんのかな、と思って
はなしをやめる
またエレベーターがあいて
ざわざわとサイゴグミのやつらが
のりこんでくる
この部屋だけ
なにか、切り取られて
取り残されたようだ

時計が三時をまわりはじめ
誰も彼もが不思議な高揚からのみすぎて
はしゃじまくってる
あー!! わたしまだ
つぎきまってないのよ
社長海外とぶなら未払いはらえよなあ!!
ついに、うたいだす
誰もが知ってるうたってことで
さいた、さいたを

さいた、さいた
おれらのあたまが
さいた、さいた
ゲラゲラゲラゲラ

ふと、夜の闇のなか
トイレからしずかに白い蝶がとんできた
皆の頭の上を
かすかに白い粉をまたたかせながら
ひらひらとんでいる

不思議なことに、驚きもせず
そんなもんか、と
納得する
そんなもんか……

みな、飲みすぎてきづいていない

ひとり、真顔のさとこちゃんと
めがあった
そのまま彼女は蝶をみながら
私のとなりにきて
こそっりいった

願い事、みんなが、
しあわせに、なりますようにって
わたし、祈ったんです

へえ、
つぶやいて
すこしかたまった
……そうか
それいがい、こたえがわからなかった

みんなが、しあわせに、なりますように

蝶なんか、願いを叶えたりしないよ……
さとこちゃんは、頷く
わかってます
……ふつうの蝶だよ、しろいだけだ
さとこちゃんが、また頷く


わかってます
2012-02-28 21:47:09