私の檻

 透明で かたい
 私の檻

 うちにうちに
 ふりつもるのは



ねえ、わたしね

一生で
【そういうもの】を
はかれる機械があるのなら
たぶん、女の子の平均は
あるいは
男の子でも
その、平均は

お金のためでも
家族や、ともだち
想い人のためでも
なくて

好かれたがる自分のため
よく思われたい自分のためだと
おもうんだ

えーとつまりね

自分に
自分が
けずられて
たいせつにするかわり
浪費していく



ぶりっこなんて
いわれるのがいやで
かくしていたけれど
じつは、蟹と遊びたかったんだ

まっかな蟹のはさみを
つつきながら柚木が言う
茶色くあれて肩まで伸びた髪を
金色のゴムでぎゅっと結んで

その顔は
言葉のかるさにくらべて
真剣だった

蟹がはさみをつかうとこ
見たかった

玄関からにこにこ顔で部屋に入って
ただいま、なんていいながら
今日さー、課長がサーぁ、なんて
いつもどおりの文句を言って
急に黙り込んだ

なんだろう、とは思ったけれど
私は台所で
あ、おかえりーなんて叫んで
かに、買ったのねぇ、お金いくらだった
半分払うね、あ、ゆでかげんどうかな
いそいそ、ごはんの準備をしていた

居間に入ったとたん、呆然とした彼女の顔をみて
思わず、どうしようもない気持ちになった

あきれるような
驚くような
今思うと、おかしくて
ふきだしそうな
だけどどうしようもなく
うごけない
ああ、あれ
困惑だ


机の上に
にえて真っ赤になった毛がに
それを見つめながら
ぼふ、と座り込んでいた
その顔が
あんまり驚きに満ちていて
まじまじと見てしまった

赤い口紅、とれかけたファンデ
きれいな顔

数秒ほど、どこかかわいた間があって
それから、いいや、言わなかったっけ
ワタシがわるかった
たべよう、といわれた
あ、うん

まさか蟹……遊びたかったとは
たしかに水がめのなか
お気楽そうに、楽しそうに
はっていた
りっぱなけがに

つい、ゆでてしまった

窓のカーテン
うすいカーテンごしに
夕陽のいろがさしこんで
部屋はうすぐらく
ぼんやりした茜いろ
影はむらさきにしずんで
茹でた蟹をむしり、むしり
無言でふたりで
むしゃむしゃたべた

おこっては
いないらしい

ひといきついて
話したことは他愛のないことだった

ワタシね
亀のきもちがしりたいんだよ
むかしむかしばなしでさ
なんか何千だか何万だか
ずうっとずうっと
海の底にいたかめが
久しぶりに海面にあがるんだ
空でも見たかったんじゃない
そこに枯れ木がながれてきて
ごおんてするの
あたま、うちつけるの、亀
あんときの亀
びびっただろうな……

わたしが亀なら
いかりくるって
おぼれるわ……

おぼ……?

久しぶりなんてもんじゃない
何万年ぶりに
海面でようとしたら
これかよ!
もう絶対あがらないって
海の底にもどる

え、亀、ひきこもり……

あはあは
あはは

部屋がくらくなり
電球をつけると
すこしやわらかいひかり
ふと思い出す
ちいさなころの台所

夜中にトイレに起きて
なんとなくみたら
沢山のガラスのコップたちに
とうめいな水が満たされていた

それがひどくぴかぴかしていて
ふだんより
ずっとずっと
おいしい水のように思えた

のんでしまったら
それは消毒の水だった
わたしはそれをのんでから
どうしたんだっけ
おぼえていない

彼女が不意に歌う
ちいさな歌声で
何の歌だっけ
私も覚えているのに
上手く思い出せない

こんぺいとうがきらめいて
その光を見ているような
そんな歌

しちゃいけない
しちゃいけない
しちゃいけない
そればっかりたまるのよ
ためこんで
ためこんで
途中で疲れて
それで、壊れたくなる
そうすると
なんでだろう
蟹と遊びたくなるんだ

どうして……

わかんない
あいつ、殻かたいし
はさみあるし、赤いし
つよそうじゃん
戦隊ものならレッドだよ

……ああ
ごめんね、
わからなかった

……うん、いいんだ
いわなかったし

こんぺいとうの
きらきらした歌声
まだ、思い出せない
だけど、メロディーだけ
ハモれる

 透明で かたい
 私の檻

 うちにうちに
 ふりつもるのは

 わたしの削り節

こんな歌詞だったっけ……

なんだかさ
けずられて
けずられて
鰹節みたい
私の削り節
おいしいのかな

……

……あほうなことをいうけれど
心臓だってゆれて動いているじゃない
ゆれて悩んで動きうごいて
いたいんだよ
いきているって
いたいんだよね
心臓だって大変なんだよ

なにいってんだか

なにいってんだかね

わらいながら
じゃ、あって
かたづけようとしたら
きゅうに、手で
あしもとのふくをつかまれた
いや、こけそうになった

蟹のから、どうするの、と
うつむいて聞くから
捨てる、なんていえなくて
だから、
楽器にでもしようかって
こたえた
2012-03-30 15:14:13