天気雨

朝陽が昇り始めた
その光の中
けむるように小雨がふっている
――――天気雨だ
空を見ると
真白い雲のあいまから
桃色のひかり

――――天気雨だ

街並みは青にひたりこんで
しんとしている

しばらく歩いていたら
急に、足裏がざらりとする
長靴をはいているのに
雨水がしみ込んだんだ
シャッターの降りているお店ののきさきにはいり
靴をぬいでとんとん、と
裏をたたいて
はきなおした

小鳥たちが
雨音に絡むように
ちいさな音色で
鳴きあっている

夜よりすこしかたむいた月が
オレンジとも金色ともつかない色で
流れる雲の合間、
ゆっくりゆっくりたゆんでいる
星も少し見えた

すこしみとれてから
おお、いけないと
早歩きで駅に歩き始める
みっつめの駅に木々と花と池のある公園がある
そこで、まちあわせ



りょうこさんが
どんな人なのか、私は知らない
なにをしているひとなのか、とか
どういういきかたをしてきたのか、とか

ただ10時前から15時まで仕事をしていて
とても会いやすい人、それだけわかっている

図書館で知り合った
奇麗な髪の毛を
みじかくかりそろえた人で
私が本をしまう時に
おとしてしまった二冊目を無言でひろい、
「ん」と無愛想にさしだして
それからいった
それ、面白い?

え、あ、うん



木々のあいま
浅い池の水は
天気雨にゆらめいて
魚たちがあわただしく泳いでる

花は少しだけ咲いていた
きれいな赤い花
こういう公園の花って
だれがきめて
だれがうえるんだろう

池のほとりは
ちいさい丘になっていて
やわらかな青い緑の草におおわれている
その上にふたつ、白い木がある

青い雨のなか
うきたつように白い

まるで、
白いふたつの龍のようにみえる
とどくはずもない天にむかい
木はのびる
どうしてかな

りょうこさんがいう

今日はお弁当は
しゃけのおむすびよ
あと、ソーセージも入れてきたわ
あなたってほんと
ロマンチストね
しょうがないのね

ベンチはどこも湿っていて
私たちは途方にくれた
そういえば、どうやって食べる気でいたのかしら
りょうこさんの朝ごはん
朝の方が気持ちがいいし
天気雨も、ほどよいと思ったのに

しかたないから
雨のはいらない木陰で
たちながら食べる
あ、おいしいよ
あったかいお茶もあるからね
ありがとう

あのね
わたしね
いぜん、あのね

少し躊躇して
また、いいよどむ
私がただ
しゃけを食べるのに
夢中なのを見て
おおぎょうにため息をつく

あのね、わたし
いぜん、ちょっとしたことで
仕事を辞めざる得なかったのね
そのとき
友達からメールが来たの

 いま、 どんなきもち?

それだけが書かれていた
あのね

それからまた云いよどむ
だから、すこしいう
ともだちって、恋人?

私はそう思っていたけれど
あの人はそうではなかったんだろうね

それからりょうこさんは笑う
はー いやんなっちまうぜー

そうだね

そうだね

白いふたつの木は
雨を喜んでいるようだ
うえのほうで、白いふたつの枝をからめあって
ただ、のびている

それをみながら
まるで雨音のような声で
りょうこさんが
ぽつりという

……縁日で
ゆびわ、かってもらったのね
300円ぐらいの
きれいでさ
薬指につけて
金色の透明の、あめだまみたいなガラス玉
きれいでさ

……

……ほんとうの
婚約指輪って
あんなもんとは
くらべものにならないのよ



恨もうと恨もうと恨もうとしながら
とうとう恨めなかった
あの人が
幸せであればいいと
おもってしまった
私を
捨てることを
選んだのなら
この私を捨ててまで
えらんだ幸せなら
しあわせであれ



お弁当を食べた後
すこし、散歩した
雨はあがり、うっすらと霧がでる
鳥の音がたまにする
ずいぶん静かだった

くったくのない
遠慮のない話をした
2012-03-31 19:56:49