トカゲのビル

やわらかなエメラルドグリーンの草のあいまに
ちいさな、白いかれんな花がぽつぽつと咲いている
それをつんではたべながら
トカゲのシャンシャン=ビルはぼくにいう
おれ、おまえになら
うられてもいいぜ

うろこの色が、たいようにひかる
ほんのりあかるい、茶色と緑のまざった色



町の門番に志願したのに
たいした理由はない
給料は安いけれど
陽の光をたくさん浴びれるし、それだけだった

モンスターが町に入らないようにするのが
門番のしごと
あんまり怖いモンスターがでたら
門の横にある通知鈴をならすこと
町中に響くような、大きい音だからきをつけて
採用されてすぐにこの門に案内され
あいまあいまに
何個かある重要な点
仕事時間になるまで
ここにいなければいけない
本はよんでもいいが、ゲーム機はだめ
ご飯やお茶は朝かってくること
トイレは草のあたりですること
そういったことを
上役のひげの濃いおじさんが教えてくれた
茶色のレンガの門
「町中にひびく鈴」は
くぼみにそっとそえられて
金色に、静かに光っている
こわいもんすたー…… その言葉に笑いそうになる
だけど彼の声は真剣で重い

A門のほうは
何度かあったようだけど、こっちの門前には
一度も出たことがない
人間の丈をこえるようなモンスターはね
だけど、そいつらが出て
君が食べられても
会社はお金を払わない、いいね

それから、意訳すれば
「しんでも自分の責任です」とかかれた書類に
拇印を押してサインをして
一日760円の仕事は始まった
最初だけ緊張したけれど
いまはもう、どうということもない
あんまりこわいモンスターが出たら
鈴をならして門の中にはいっちまえばいい……



おだやかな日差しは
おもったとおり、心地がよくて
僕はずいぶん健康になった気がした
気がしただけだけど

そのとかげに気がついたのは
何か月かして、仕事にもだいぶ慣れてきたころだった

その日、僕は
「メルフェンの本」とかかれた古びた本を
夢中になって読みこんでいて
あんまり夢中になったので
目がしばしばしてきて
うーん、とのびをして、前を向いたら
目が合った

どうも、まえまえから
何回か来ていたらしい

人間のようなシルエット
けれど、人間ではない
大きなくち
はなれた目
ながい、とげとげしたしっぽ
全身をおおう
あおく深い、緑色のうろこ……
―― ビルは、変色するようで
 太陽のしただとか
 ひえた影の下だとか
 居たところによって
 うろこの色が違う
人間の丈をこえる、とかげ
それが茶色の腰布をつけて
なにかとても穏やかな目
琉璃色の、しずかな目で僕を見おろしていた

「それ、おもしろいの?」

何万年そだった木が声をだしたら
こんな声だろう
ぬくもりのある重みで
ビルは、そうつぶやいて
小首を傾げた
僕は少し、わらってしまった

どうしてか、わからない
だけど
おかしかったんだ



おれ、おまえになら
うられてもいいぜ

また、ビルが言う
ぼくは、またこたえる
売らないよ

安心したように
ビルはため息をついて
やわらかな草や花をつんで
くちにいれる
その少し異様な唇で
むちゃりむちゃりと噛み砕いて、のみこむ
ごっくん

草食系とかげだと
まえ、いっていた
人間にもいるんだろう
草食系
よくわからなかったので
植物しか食べないと宣言している人はいる、
と答えた
うん、そうか
おれには肉が体に悪いってだけだけどね

ビルは本が好きらしい
家の本をかしてあげると
嬉しそうに僕の隣にすわってよんだ
それいらい、僕は本を二冊もってくるようになった
ビルの分と、僕の分
ビルは読むのが早くて、夕方には読み終わってしまう
それで、一言二言の感想
――きれいだった、とか
おもしろかった、とか
うれしかった、とか
不思議な感想をつぶやいて
少し考えてから
また、明日もおまえは来るかな、と聞く

本のお礼なのかはわからない
ビルはここで会うたびに
森で見つけた奇麗なものをくれる
―― みたことのないような花や、木の枝、木の実 たまに石

ビルの名前はトカゲ語で
ひかるひかるおとこのこ、という意味だという
「ビル」っていうのは
トカゲの名前では「太郎」とかそういうようなもの
僕の名前は「光太」だったので
なんだか変な気持になった
うれしいような
おかしいような、へんてこな気持
僕の名前を翻訳すると
ビルの名前になるよ
そういったら
ビルはくすぐったそうに
わらっていた


おれはさ
むかしむかし
森を歩いていたら
おまえのようなやつに
つかまってしまったんだ
つかまったんだとおもう
いま、思うと
だけどおれはあんまりよくわかるほうじゃなかったから
そいつは笑いながらおれと話すし
とても楽しそうだったから
友達のように思っていた
でも売られたんだ
気がついたら檻の中で
はだかんぼうにされて
じろじろ見られていた
じめじめした檻で
あんまりおもしろくなかった
見ている人たちも
へええ、って顔ばっかりで
おれが好きな笑いとか
ないんだ
一週間もみられて
そろそろ嫌になったから
檻を壊して逃げたんだ
町はずれまで歩いて
せいせいした、って思って
ちょっとこわくなった
――逃げるなんて悪いことだろう?――
だからいっぱい逃げた
それでこの森にいるんだ
そうしたらおまえがそこにいて
そういうものを(ビルは本を指した)ずっと読んでて
たまに笑ったりしているから
気になってしまった

ビルは気のいいやつだった
僕はビルがたちまち好きになってしまった
好きになるっていうのは
相手が人間かどうかさえ
あまり意味がないんだなぁ、なんて思った

ビルのくれるきれいなものが好きで
きれいなものをくれるビルが好きだった
それで、いちどだけ
どうにかそれを伝えたくて
お前がくれるから奇麗なものが好きだ、と
とんちんかんなことをいい
うまく言えない自分に困惑していたら
ビルは赤い舌をシャーっとだして
照れたように目を細め
ありがとう、といった



おまえになら
うられたっていいよ
ビルがもう一度言う

また、くりかえす
ぼくはうらないよ
しつれいな
そう

何度も繰り返された会話
ふ、と
わかる

おまえになら
うられたっていいよ
ビルが
また言う

だからこたえる
嘘つくなよ
売ったりしないよ

ビルは驚いたように僕をみて
それから、うつむいた

しばらくしてから
うん、といった

琉璃色の瞳が
すこし、ゆるんで光っていた
2012-04-01 09:28:01