もくれん

ましろいトカゲから
人間に進化したラスラスさんは
お手伝いをさがしたときに
ひとつだけ条件を付けました

・うたがうまいこと

その下には
丁寧な字で
「年齢、性別、体重不問」と
かかれていました



たいして歌がうまいわけではないから
採用の通知がきたときは驚きました
お聞きしたら
ラスラスさんは
歌が、さいたさいたで
ぼくは、気に入ったんです
そう、たどたどしくおっしゃいました

おおきなラスラスさんは
ぱっとみ、
白い小さな象に思えます
人間の手足と
いたるところについた銀の鱗は
たしかにトカゲ人間であって
けっして象には見えないけれど
ラスラスさんのしんしんとした
たかめるような歩き方や
吐息のつき方が、どこか
象を連想させるのです

それは私だけではないようで
事実、ラスラスさんは
近所のこどもたちに
象おじさんと
呼ばれています

象おじさん、ここ
象みたいなおじさんがいるんだぜ

春はもう少しでおとずれそうです
ラスラスさんのお庭にも
赤や、うすい白
黄色や紫の花が
ぽつぽつとつきはじめました

あたたかでほのぐらい今日のような天気には
それらはすこし発光し
ぼんやりとしています

庭にはいると
そのにじむような色の中
花の香りにかこまれます
私は庭掃除が、いっとうすきです

ふるぼけた箒で庭の落ち葉をはいていると
ラスラスさんが困ったように
私のところにきて、おっしゃいました

背中のうろこのすきまに
ちいさなほこりがはいったらしいので
とってくれませんか
かゆくてたまらないのです

それで、おおきめのスポンジブラシをとって
ラスラスさんの鱗を掃除しましたら
ぽろぽろと、ちいさなたくさんの破片がでてきました
これはどうされたのですか、
破片、金色の光はへんばかりです
うしろから、そうお聞きしたら
心地よさそうに目を細めていたラスラスさんは
ゆっくり目をひらいて、
ああ、
それだけつぶやきました
ああ

すう、すう、と
風がとおりすぎ
花々がふわふわと浮いて
どこか温かい

私は昔、狩られていたのです
狩猟のえもの、の
しごとをしていたのです

吟味するように
彼はつづけます

狩りの遊戯は
あそびにすぎません
鉄砲玉も、えもの
かられる私たちの装備も
ばんぜんですから
傷などおわないはずでした

けれど、ある日
鉄砲を間違えたらしく
ほんものが
使われてしまったのです

それで、
ひたいと、さこつの片隅に
金色のたまがはいってしまい
いまだに
とれないままなのです

それから
それがとけだして
ようやく外にでることがあって
かゆいんですね

くふくふ、と
笑われました

ほのぐらい日の光
花の香りばかり満ちて
どこかの鳥が
ちいさく
甲高い声で鳴いています

それからラスラスさんは
今日のゆうはんは何ですか、と
おっしゃいますから
じゃがいものにつけと、たまごとじです
そう答えたら
また、ああ、といわれながら

うたをうたっていただけませんか、

やっぱり、歌は苦手なのですが
条件付きでしたので
しかたありません

 歌を忘れたカナリヤは……

青く、うすく曇った空には
ま白い月が浮かんでいます

もくれんが
ほそく黒い木の上
白くあつぼったい花を
風にゆらしている

まるで空にささげる
花束のように
すこしだけ、光りながら
2012-04-03 18:23:09