ちいさなけもの

空はどこまでもすきとおり
てっぺんのほうは水色で
はしにいくほど深い青にながれ
真えんに地上を覆っていた

おひさまもずいぶん機嫌がよさそうで
暑すぎも寒すぎもせず
穏やかに光り

のんきな雲が
ゆうんわり、ゆんわり
しずかな風に
流れている

青緑のやわからな草が
たくさんたくさん生えている森の前の草原
白い小さな花が
いくつも、いくつも咲いていて
そのところどころに
紅いやわらかい実がなっている

それをはみながら
茶色の毛をもつ小さな獣は思う
……ゆうがたには
あめになりそう

やわらかい紅い実
歯をたてるたび
あまずっぱい味が
くちいっぱいに広がり
あまい香りがたちのぼる
黒いぶつぶつ
やわらかい果肉

空のきげんと
甘い果肉のことをおもっていたら
急に、上から声が降る

すこし、しつれいします
おじょうさん

みあげたら
おおきな角を鼻の上につけた
白い大きな獣がいて、
小さな獣を見下ろしながら
わたしも、
たべていいですか
そう、聞いてきた

ええ、どうぞ
わたしのものでは
ないですしね

小さな獣はすこしだけ体をずらす
おじぎをして
大きな獣が草を食べはじめる

そうそう、そうそう
静かな音

両手にもった赤い実を
ひとくち、くいちぎって
その香りにまみれながら
小さな獣は
また、不安そうに空を見上げる

ああ、西の端のほうに
嵐の雲がある
あれがくるまえに
あの森の、木のうろに逃げ込まないと
木のうろにたまった
心地の良い土の上にねころんで
それで、
雨が上がるのを待ちましょう
そう、思う

白い大きな獣は鱗でおおわれている
そのうろこの隙間に
白茶に透きとおったやわらかな毛が
ごくわずかに生え
強まった風に心地よさそうになびいている

大きな獣が動くたびに
その体にある鱗が
やわらかくたわむ

いちまいいちまいが
小さな獣より大きい

うろこの表面がざりざりとしていて
あたたかく光る銀色の粉を吹いている
大きな獣の鼻のうえにある角は
その銀色より
もう少し黄味がかって
温かな卵を連想させる

きれいでおおきな獣……
小さな獣はしげしげ見つめて思う

彼は草を丁寧にむしり
くちにいれて、味わっていて
食べるのに夢中で
気がついてなさそうだから
声をかける

雨が降りそうですけれど
あなたは行く場所は
ありますか?

みずのおおい、やわこい草を
少しずつ噛んでいた大きな獣は
それを聞いて、空を見上げる

まだ青い空
その西の方はずいぶん暗くなり
くろっぽい雲がたくさんかかっている

まれに金色のいなびかりがして
たしかに、遠雷が聞こえる

ごろ、 がら ごろご

白くて大きな獣が笑った
まるで岩のように
ゆっくりと、おだやかな笑みだった
それからいう

大丈夫です
わたしは雨など
そう、たいして怖くはない

石のようにじっとすることで
また、晴れを待ちましょう

それから
じっと、
小さな獣の目をみつめる

小さな獣は、その大きな獣の目をみつめかえす

その緑と金色の混じった
おだやかな色合い

きれいなめんめだわ
夜にかかるお月さまみたい
……そういえば、私のめんめの色は
なにいろなのかしら

そんなことを思っていたら
大きな獣が

もしよろしければ
ともにいてもらえませんか
嵐をともに
すごしませんか

小さな獣は
手にしていた赤い実を
ひとつみて
首をかしげて、かじり
紅い香りをこくんと呑んでから
大きな獣を見て
右にくびをかしげ、
もういっかい、左にかしげ
うん、という
ええ、うれしいです

それから
なにか、妙に恥ずかしくなって
その気持ちをごまかすように
毛づくろいをはじめる

嵐が来るまで
もうすこしありそうですから
おたがい草をたくさん食べて
それから、あの森に入り
あなたは
私のおなかにいれば良いと思います
嵐のあいだ、もぐっていれば良いと思うのです

大きな獣が
やわらかい草を
もうひとくち、くちにかみきり
丁寧に味わいながら言う

小さな獣は
そのちいさな頭の上にある
もっともちいさいオレンジ色の耳を動かして
ありがとう、と
つぶやく

ありがとう

毛づくろいをせっせとして
ごまかそうと、がんばる
2012-05-04 13:53:35