彼は柔らかな空をみていた

ちいさな鳥がなんびきもつらなり、飛んでいた。
かなしいこえが
ぱーお
ぱーおと響いていた



暗い夜だった
小さな森の水辺で
釣りをしている彼のそばで
私は眠っていた
彼はたまに 歌を歌っていた
それがやけに美しかった

水のそこで水が流れているような気がした
水の上は静かなのに
そこのほうに
川が流れ
あちらのほうで滝になる

滝は龍
龍はのぼるものだと
思っていたら
くだるものと
のぼるもので
わかれているらしい
のぼり おり のぼり おり

近くでは
薪にあたたかい炎が燃えている
オレンジ色のひかりがゆらゆらゆれて
鏡のように澄んだ水の上
波紋をちらちら
ひからせていた

めをさますと
彼は目を覚ました私に
気がついたようで
水の中
つれたらしい銀の魚をほうってよこした

おう、うまいぞ

それしか、いわなかった

その魚はむっちりと肉がこえて
かみついたら
確かにおいしかった

もぐもぐと口にしながら
ふと、涙が
ふたつ、ひとつ、ふたつ
ひとつ
ぽたぽたぽたぽた
流れて
ほほがぬくもる

そうしたら
その人は、ふ、ふと
笑うのだった

「どうした
 ほねでもささったか」

わたしは首を振って
なみだとあわせて
のみこむように
魚の肉をもむもむたべた

しおあじがきいて
ちょうどいい

そういったら
笑われた

どうしていいか
わからないことばかり
増えて

自分が悪いのか
なにが悪いのか
解らないことばかり
気がついたら
増えて
ただ苦しくて
苦しくて
苦しくて

ああ にがいな、と思う

そう
いきることに
焦ると焦げるらしい
焦げたら苦くて
苦みは
きっと、涙で
ながすしかない

そう いったら
なんにもいわないで
笑って
彼は月をみて
振り返りもせずに
また釣り糸を
水の中にたらした
魚のようなうすい影が
何匹かひょうひょうとながれ

その背中が
広く、おだやかだった

なんて滑稽なだろう

そう いったら
彼は、ふりかえって
「もう一つ、つれたよ」

ぎんの玉を
放ってくれた
魚かと思ったら
玉だった

私はそれを受け取って
すこしみてから
手鞠にした

月は金色
手鞠は銀色
いとしい手まりは
とんとんのびて

あ、雨だ
霧雨がたくたくたくたく
あたたかい
なまぬるい
ただ 優しい
おだやかな
静かな 霧雨がふった

あ、虹だ

彼がそう言う
うそ、といいながら見上げたら
あまぐもは静かで
雨の中からたくさんの星が見えた
白い、天の川
月がひかり ひかり

その前に 少し薄く
虹が見えた
2011-08-30 20:00:41