チンゲンサイさん

それで、彼の名前は
チンゲンサイというらしく
まくろい川が
どうどうとながれ
わたしたちはその上で
象げ色の舟に乗っていた
その舟は、白金の月の明かりで
だいぶぴかぴかしていて
黒い川をかがみに
同じ姿を映し出して
ただひたすらに、
すすんでいる

黒いくろい まくろい
しみこむような青
黒から青に、次第に
うすく 透き通る
夜空を背にして
赤いボタン 白いボタン 桃色のボタン
金色のボタンが
川辺につぎつぎ咲き誇り
ひかりひかるこまやかな星の
きらきらきらきら
くったくなく 光 ひかり
さんざめく小さな光の粒を
一心にうけている

そのあいまをぬうように
川は どうどうと流れている

つばつきぼうしをかぶった、
黒い猫、チンゲンサイさんは
さきほどから
目の中に虫が入ったというので
のぞいてみてもそんなものは居ない
だから何度も
虫など居ない、安心して良い そういっても
チンゲンサイさんは
気になるらしく
幾度も、いくども
その目をこすっている
ももいろの鼻頭は、てかてかとひかり
チンゲンサイさんの目は
金色の湖のように
だまになって、ぴかぴかしている
まくろい目

―― つりさおをたらしたら
魚がつれるらしい

そう いうから

―― 今は つりなどいりませんよ

そういってみたら
星がつれるから、つってみなさいよ
そういいながら
チンゲンサイさんはそこにあった椿の枝を
いっぽん失礼して
自分の毛をいっぽん
さきにくくりつけて
私にはい、と渡してきたので
赤い椿がその枝の真ん中に咲いていたけれど
まぁ、いいかとおもい
おざなりにたらしたら
すぐにひっかかり
つりあげたら
真白い魚がかかっている

あや、 うし

そういう
だから、椿の花をさしあげて
のがしたら
チンゲンサイさんは
なぜ、のがす と
ふふくそうだった

ふゆきたりなば さらさらと
おちいくゆきは ほしのかず
あい あいないな あいないな
ひと ひと ひとり
またひとり

おかしなうたが
岸辺に流れ
私はふとチンゲンサイさんに聞こうとして
なにも、聞けなかった

チンゲンサイさんは
ただ、すきとおった深い深い
あたたかな川の中に手を入れて
魚とあそんでいた

だいぶおかしいようだと 思ったのに
それが どうも うまくいえなかった
おかしいということが うまくいえないので
私は なんにも
きけなかった

おかしいのに
おかしいことの
いえないのは
不思議だった

だけど また
休みを挟めば
この世界も そのおかしさを
抜けるのだろうと 思えた

―― いつから 魔境にはいったようですか

そうきいても
チンゲンサイさんは
まだ目の中の虫を気にしている
こばえのようだ そういう
だから、一度そのまぶたをとじさせて
椿のはなで3べんなでたら
ああ、心地が良いという


―― 明日は夜が明けますか


―― まだまだ しばらくかかりましょう


みあげたら つきはただ
美しく いつもどおりに
光っていた

2011-12-03 16:38:19