じいじはたいして目立つ老人ではなく
喧嘩があれば逃げ、
お菓子があればよるような
ふつうの老人だった
だから死ぬときも特に目立つことはなく
あ、しんどる、と
母さんが言った
みたら白目むいてしんどった

遺書らしきものがあったが
それがどんな意味なのか
私にはわからなかった
ただ母さんと父さんは
それを読んでじいっと無言になっていた

じいじの手のひらは
ばあばのもので
ばあばの手のひらは
じいじのものらしい
ばあばはいつも、
それを言ってはじいじをからかい
言われたじいじはなんにもこたえず
照れくさそうにわらっていた

葬式の箱の中みて
ばあばはしわくちゃに微笑みながら
こごえで、てのひら
あんたのものですよ
まっててくださいね、といった
母さんは気づかないふりして
お茶菓子お茶菓子と騒いでいた

ぷろぽーずのことば、だったんですよ
この手のひら
いっしょうわたしと
かさねてくれないか
腰抜けいわれて
たたかれて
べそかいて
それでもいいひとだったんですよ

背骨がいちだんとまがって
ちいさくなってしまったような
微かなばあばが
夜になって、ちょっと散歩に行きたいだのいうから
不安になってともになった
そうしたらばあばは
じいじが残した遺書を川に捨てたいんだという
実にきれいな満月で
かくしかくし、ながれる雲端から
虹のような光が見える
近くの川まで15分
ばあばとあるくと20分……

 べつに
 わたしなど
 特にたいしたこともなく
 消えていくのだろうと思う
 それがふと、さびしくなる

じいじの遺書
今朝なにを書いているのだろうと
思っていた
チラシの裏に丁寧に書かれた遺書を
ばあばは読み上げる
とても、とても
たいせつなものを
読むような、声

あんたは
わかいから
わからんかもしれんです
私はあの人に
勇気を見ました

 大人、となのつく
 大きな人たちはみな
 自分の価値観に
 人を従わせるのが好きで
 私はそれが嫌いだった

 川原に石を投げて遊んだ記憶がないから
 それが憧憬にとりかわる

川原に着くと
じいじの遺書を
ていねいに、また
口ずさむように
ばあばが読み上げる

大事なものは
記憶するんです
そんなにないですから
記憶、できるんですよ
わたしね、これは
もってかれないし
きっと、頭もはっきりしないから
忘れてしまうでしょう
だからね
覚えておきたいんです

なんべんも
なんべんも
ばあばは遺書を
繰り返し、読み込んだ
暗記できるまで

 べつにわたしなど
 とくにたいしたこともなく
 人を愛し、時を愛し
 日々を愛し、すごし
 そうして、ふと
 消えていくのだろうと思う
 満ち足りた寂しさのように思える

 いつこさん
 愛しています ありがとう