花の星
>>
小説
>
2012
> エイプリルフール
エイプリルフール
どうして
怒らなかったの
そうたずねた時の
彼の声を
おぼえている
ひたすら
しずかな声
僕は地獄を信じているだけです
この日がくるたびに
他の364日は
嘘ついちゃいけないのかと戸惑う……
そう、つげてから
月にいってきました、これがそのキノコです
二つのてで見たこともないキノコをさしだされた
360円のシールがついていた
映画館の前で
ありがとう、と
キノコをうけとって
どうすればいいのか
しばらくまよった
:
こころの
いたみ、というのは
肉体と同じ
刃の痛みも
火傷のいたみもある
うんだり、あとがのこったり
かんたんな不愉快さや
いらだちや、嫌悪を
傷ついた、と
呼んでいた
彼とめぐりあってから
それはまちがえてはめこんだ
パズルのピースのように
思い込みにすぎなくて
傷と、不愉快さは
ちがうのだと
はじめて、わかった
彼は正直な人だった
嘘がないというより
諦めているようにおもえた
いつからか
地獄を信じるように
なりました
そう話すとき
地獄、という響きとうらはらに
彼はひたすら平穏なかおをしている
復讐や、怒りではなくて
彼のみせる顔のなかで
いちばん、笑みに近い顔
彼が入院したとき
会社から有志の花束が贈られたそうです
メッセージには
やすめてよかったね、と
かかれていました
電話をしたら
彼と話した人は
へぇ、そうなんだ、がんばってね
そう、こたえたらしいです
彼は笑う人でした
なんにもおもしろくなくても
笑う人でした
みたことのある
見たこともない
笑う顔でした
でも、きっと
皮膚だけ笑顔がこびりついたひと
おおそうですね
わたしが声を出して笑うと
彼は茫然として
声をださなくなります
どうしてなのか
わからないものを
見たときのように
茫然自失します
いつも、そう
わたしは
ひひひひひ、と
笑ってしまう
きがついてから
なおそうとしたのだけれど
とうとう
なおらないまま
可笑しいことがあると
ひひひひひ、と
わらってしまう
彼はその笑い声をきいたあと
自失からさめるように言う
よわいひとしか
好きになれないひとに
好かれたことがあるんです
ひとはたぶん
支配欲とか、指導欲とか
上にたちたい欲が
ある気がします
それから、笑う
えがおでも、ほほえみでもない
あ、泣き顔なんだ、これ
このまえ
そう、思った
彼と手をむすんでいると
ひとりでいるより
もっと、あっけなく
さびしいきもちになる
お腹に
つめたいきもちが
たまってしまったような
まるで
はんぶんより深く
水にひたっているような
東京でも
たまには
星が見えるんですね
空をみながらかれがいう
わたしもおって空を見る
映画、おもしろかったですね
そういったら
彼が呟く
もう、よく
おぼえてありません……
たぶん、
いじわるなことばが
とどいていない
彼とはなしていると
たまにそう思う
嫌味や、悪口
めんむかっていわれる
ばとう
それをきいてみたら
また、やっぱり
わかっていないから
なんどか、言葉を変えたら
やっと、わかってくれたようで
すこし考えてからこたえる
むかしの
あのひとの
すこし、こんらんして
いいにくそうに
あのひとの、言葉が
たくさん
たくさん
きたなかったので
ききたくない
わかりたくないと
おもっていたら
わからないように
なってしまったんです
:
もしも、ついたうそが
かならず嘘になるとしたら
どんな嘘にしますか
そうきいたら
また、しばらく考えてから
ぼくは
忘れちゃう
ぽつっといわれた
かならず
だいじな
思い出
忘れちゃうから
エイプリルフール
もしも、本音しか
いえなかったら
もっといい毎日が
おくれたんでしょうか
エイプリルフール
嘘しかいえないせかいと
ほんとうしか
いえない世界なら
どっちがいいんだろう
ああ、きっと
おなじようなことですね
わたしは
じゃ、わたしも
忘れます
それだけこたえた
Series :
中編
Tag:
... 前頁「もくれん」へ
... 次頁「トカゲのビル」へ
2012-04-01
13:33:36
花の星
>>
小説
>
2012
> エイプリルフール
Copyright © by mogiha(
https://ahito.com/
) All Rights Reserved.
怒らなかったの
そうたずねた時の
彼の声を
おぼえている
ひたすら
しずかな声
僕は地獄を信じているだけです
この日がくるたびに
他の364日は
嘘ついちゃいけないのかと戸惑う……
そう、つげてから
月にいってきました、これがそのキノコです
二つのてで見たこともないキノコをさしだされた
360円のシールがついていた
映画館の前で
ありがとう、と
キノコをうけとって
どうすればいいのか
しばらくまよった
:
こころの
いたみ、というのは
肉体と同じ
刃の痛みも
火傷のいたみもある
うんだり、あとがのこったり
かんたんな不愉快さや
いらだちや、嫌悪を
傷ついた、と
呼んでいた
彼とめぐりあってから
それはまちがえてはめこんだ
パズルのピースのように
思い込みにすぎなくて
傷と、不愉快さは
ちがうのだと
はじめて、わかった
彼は正直な人だった
嘘がないというより
諦めているようにおもえた
いつからか
地獄を信じるように
なりました
そう話すとき
地獄、という響きとうらはらに
彼はひたすら平穏なかおをしている
復讐や、怒りではなくて
彼のみせる顔のなかで
いちばん、笑みに近い顔
彼が入院したとき
会社から有志の花束が贈られたそうです
メッセージには
やすめてよかったね、と
かかれていました
電話をしたら
彼と話した人は
へぇ、そうなんだ、がんばってね
そう、こたえたらしいです
彼は笑う人でした
なんにもおもしろくなくても
笑う人でした
みたことのある
見たこともない
笑う顔でした
でも、きっと
皮膚だけ笑顔がこびりついたひと
おおそうですね
わたしが声を出して笑うと
彼は茫然として
声をださなくなります
どうしてなのか
わからないものを
見たときのように
茫然自失します
いつも、そう
わたしは
ひひひひひ、と
笑ってしまう
きがついてから
なおそうとしたのだけれど
とうとう
なおらないまま
可笑しいことがあると
ひひひひひ、と
わらってしまう
彼はその笑い声をきいたあと
自失からさめるように言う
よわいひとしか
好きになれないひとに
好かれたことがあるんです
ひとはたぶん
支配欲とか、指導欲とか
上にたちたい欲が
ある気がします
それから、笑う
えがおでも、ほほえみでもない
あ、泣き顔なんだ、これ
このまえ
そう、思った
彼と手をむすんでいると
ひとりでいるより
もっと、あっけなく
さびしいきもちになる
お腹に
つめたいきもちが
たまってしまったような
まるで
はんぶんより深く
水にひたっているような
東京でも
たまには
星が見えるんですね
空をみながらかれがいう
わたしもおって空を見る
映画、おもしろかったですね
そういったら
彼が呟く
もう、よく
おぼえてありません……
たぶん、
いじわるなことばが
とどいていない
彼とはなしていると
たまにそう思う
嫌味や、悪口
めんむかっていわれる
ばとう
それをきいてみたら
また、やっぱり
わかっていないから
なんどか、言葉を変えたら
やっと、わかってくれたようで
すこし考えてからこたえる
むかしの
あのひとの
すこし、こんらんして
いいにくそうに
あのひとの、言葉が
たくさん
たくさん
きたなかったので
ききたくない
わかりたくないと
おもっていたら
わからないように
なってしまったんです
:
もしも、ついたうそが
かならず嘘になるとしたら
どんな嘘にしますか
そうきいたら
また、しばらく考えてから
ぼくは
忘れちゃう
ぽつっといわれた
かならず
だいじな
思い出
忘れちゃうから
エイプリルフール
もしも、本音しか
いえなかったら
もっといい毎日が
おくれたんでしょうか
エイプリルフール
嘘しかいえないせかいと
ほんとうしか
いえない世界なら
どっちがいいんだろう
ああ、きっと
おなじようなことですね
わたしは
じゃ、わたしも
忘れます
それだけこたえた