マイ

ひどく寒い夜空に
こおりのように
かちこちに、凍えた月があって
その下に、マイと父はいて
マイは、あまりの寒さに
さっきから耳とか、鼻が
ちりちりといたく、
たぶん、真っ赤になっている

といきは白く、黒い世界に
すうすうと すうすうと
流れていく
細かい雪が降って
ちら、ちら
星のない代わりに
星のように
どこからくるのか
わからないほど
はんざつに、光り
風に流れている

ここは川なのだと思う
昼間は太陽のした
錆色にひかる、あの橋の
すみをわたっている

川の音が
とてもおおきい
足元から聞こえる
どうどう
だうだうという響きに
あわせるように
地面が、すこしゆれている

マイは自分の吐息が
白いままでないことが
すこし、不思議だった
白いなら、白いままなはずなのに

手をつないでいた父に聞けば
ああ、という
ああ、といったあと
だまりこくる
悩んでいたらしい
それは、お前の息が
風に、まじってしまったんだよ
しばらくして
ようやく、そういう

見上げれば、空は
すべてがこごえるように
ただ、ひたすら
真黒い

見えない雲が
たくさんあるんだろう
星は隠れているのだろう

マイは父の手をにぎりなおし
さむい、という
そうすると
ああ、と
父はまた、すこししてから
マイのあたまから、耳に
自分のマフラーを
きゅっとむすんで
これだと、うまく音が聞こえないから
私の手を離してはいけない、そういう

マイは、うん、と
うなづいて
確かに音が、ぼおぼおとして
きこえづらいと思う
川のおとも
さっきより
だいぶ、ぼおぼおとしている

マイが寝ている間も
川ってものは
ながれているのか
そう思うと、
不思議な気がする
見ていない間も、流れている

寝ている間、世界はどこにあるんだろう
それとも、私が
世界のどこかに
いるんだろうか
寝ているときも
世界はこのままなのか
もしかしたら
だまくらかして
違う姿を
しているのかもしれない

へんなことを考えたら
おなかがすうっとするような
気持ちになった

父の手も
マイの手も
母のあんだ
黄色の毛糸のてぶくろにくくまれ
ぼわぼわしていて
あたたかいと思う

父のてぶくろには
緑色の毛糸で、PAPAと
マイのてぶくろには
桃色の毛糸で、MAIと
かかれている

橋を越えて、すこししたところに
「橙の明かり」があっていて
マイと父は
それに明かりを灯しにいく

何で灯しにいくかは知らない
父は
だいだいのことだから、という
それ以外は言わない

たぶん、きっと
だいだいということなのだろう
まだわからないけれど
大きくなったら
しらべて、わかろう
マイはそう思う

橋を渡りおえ
しろい狐の像のそばをぬけると
さびた鳥居があり
それをくぐると
社の前に
「橙の明かり」と呼ばれる台がある

わずかによごれこぼれた蝋のあと、
そこに父が
また新しいろうそくをたてて
チャッカマンとかいうもので
ぼっと、火をつける

 むかしは、マッチだったが
 いまは便利だ

そういって
頭を下げる

マイも真似をして頭を下げる

目を瞑ると
こわいぐらい
風がふきすさんで
川の音、かぜのおとが
きゅうにせまってきて
ぶるぶるする
細め目をすれば
地面が真っ暗
そのなかに
マイの黄色い長靴が見える

大きな風の中
わずかに父のうごく音が聞こえ
それで、ちょっと
安心する

さて、帰るか
そう、父が言う
マイは、ほっとため息をつく
このまま
帰らなかったらどうしよう
いつも、そう思う

もし
このまま、父が
もう、帰るのはよそう
そういったら
どうしよう

帰り道は覚えているけれど
あんな、くらくて
怖いところ
ひとりでは帰れない


でも、父は
いつも、ちゃんと
もう帰ろうという
だから、安心する

 あのね おとうさん
 あのね おとうさん

 なにかを
 いおうとして
 だけど
 いいたいことがみつからなくて
 けっきょく
 父の手のひらを
 ぎゅっとにぎって
 ことばは出さない

帰るとき
マイは絶対に
うしろを振り返らない
怖いから

狐の像の隣を過ぎて
そして、また
真っ暗な道
わずかに見えるものものの
すがたをたよりに
さきへとすすむ

 おとうさん

 ふ、と、
 なみだがでてきて
 どうしてかわからないで
 ただ、嗚咽をかみころしながら
 ないていると
 父が、急にマイの顔を覗き込んで
 おお、怖かったか
 そういう
 
 そうして
 マイを抱き上げ
 きゅうっとだきしめながら
 橋を歩き始める

かえったら
やきみかんをつくって
たべような、
もうさむいから
ふとんに
あんか、いれてやろう

ゆっくり、寝よう

父の力強いぬくもりに
マイはようやく
安心する
2012-01-13 20:42:37