わすれない

 わすれないよお
 わすれないよお

風がないでおります

 わすれないよお
 わすれないよお

ここは、海原
海は青黒く
なかにいる、魚たちの
せびれ、おびれが
たまに
ちかちかと
光って見えます

波の揺れは静かで
見える空は、まるで
墨のようです

その中に
ほそながい雲たち
すうすうと
まるで巨大な長い魚のように
音もなく空の海を泳いでいる

 あのとおくは
 とても風が強いのでしょう
 あんなに、大きな雲が
 あんなに はやいもの

 それとも雲は
 風の仲間で
 重さはないのかもしれない

まあるい黒天に
たくさんの星が
音をたてて
瞬いている
ちか、ちかり
ちかり

私たちの小さな白い舟は
ゆらんゆあんゆらんゆああん
ゆれすすむ

海の中の魚たちは
一生懸命
背ビレを動かし
わずかな星明かり、月明かりに
きらめいている

 わすれないよお わすれないよお
 わすれないよ
 わすれないよお

私は、なにも
いうことがなくて
あなたが
みえないのに
あなたが
いるのが
わかって
あまりに、くらいと思う

―― ねぇ、おおきな白い猿が
 ふたつもいて
 あちらの、真黒い岸の上で
 岩、いわを
 とびながら戯れておりますよ

桜のような
ましろく、すきとおった
花びらが
急に、ふわ、ふわと
前の方から流れてきて
風は良い香りがする

沢山の花びらが
うしろにすぎていく

―― 猿は、うれしそうです

鳥が
愛しくうつくしい声で
さえずりながら
空をとびかう

 夜なのに

―― あら、いま
 だれがつくったのか
 笹のおふねが
 流れてきて

―― 猿の一匹が
 それを、まるで
 大切な物のように
 両手ですくいあげているよ

 猿の手から水が流れおちる

―― 笹にかかれた
 ひとつの言葉があるようで
 こちらからは
 よく、みえない

 猿の二匹は
 人間の字など
 読めない

―― きゃっきゃっきゃっと
 さわいでおります
 きゃっきゃっきゃ

―― ああ、一匹が
 そのお舟を、
 大切な物のように
 丁寧に、川に流す

―― きっと流れていたいのだろうと

 ながれてきた たいせつなもの

にひきとも
そのお舟を見ている

―― もう一匹が
 もう一匹を
 愛しげになでている
 きゃっきゃっきゃっという


空は、妙な按配で
黒く暗い中に
こまかい星明かり
金色の雲 銀色の雲が
おおきくはやく
流れ流れる

―― おとなは
 わすれてしまう

―― 怒る権利も 義務もない

―― だれを 怒るなら
 怒る側に 想いの資格が
 ひつようなだけ

わすれないよ
わすれないよお

風が ないでいる
大きな音
夜空に雲が
とけて、まじっていく

―― 救われたく 許されたく
 わずかにしんじ
 幸せになりたいと
 さけびながら

―― 真逆のことを 行い続けるのは

―― なぜ

死後はあるのかという
死んでないから分からない
天はあるのかという
海しか見たことがない人に
山があるのかと、聞かれるようだ

―― 救いはあるのかという




―― 私は今の自分が好きではない

そういえば
あなたは、笑っているらしい

私が、わたしに
怒り狂っている

胸の中に
誰もいない
私は、今の私が
好きではない

 願いがある
 わたしを 私の醜さから
 守ってほしい

 誰より みにくく 悪意ある
 その気持ちから
 守ってほしい

 誓いがある
 私の醜悪 敵意悪意
 ひとをわるいとし 人をおとしめ
 私に従わせれば
 よくなると 想いたい 気持ち

 ころばない

 私に
 なんの 怒りの資格が
 あるのでしょう

前の方から
桜の花びらが
風に、ながされて
ふわ、と浮いて
また後ろに流れていく
2012-01-14 10:13:45