沼の歌

あたたかくおだやかな風が吹き
その風に身をのせながら
煙るように雨が降る

大雨ではないけれど
こまかいこまかい雨粒は
それでもあたりを青く濁らせ
沼にふりそそぐ

たえまない水の音
ばしゃばしゃとさわぐ沼の底に
名前のない、ながいにょろにょろしたもの
魚のようなものが
青く黒く光っていた

それが、ふう、うい、ういう、と
歌っている
光りながら歌っている

すこしばかり
紅い花びらが水の上に揺れている
それが水底からうっすら見える
青にうかんで揺れる赤色

―― ずいぶん ぬまは ごきげんだ
―― あんなにはしゃいでいる

それから
名のないぬめぬめした魚は
ゆっくり沼底をかきまぜながら
あたたかな泥を
せなかにのせたり
あたまにのせたり
ゆっくり、ゆっくり
下に、下にと
もぐりはじめる

―― ぬまは ごきげんだ
―― ぬまが つかれて しずまったら
―― きっと おいしい こざかなたちが
―― ここに おとずれる

―― それを たべるには
―― いまから 泥に
―― かくれているのが
―― いちばんいい

う ふ ふ、と
魚は笑う
う う う
おいしいこざかなたち!

沼はその身をはねあげながら
いつまでも雨とはしゃいでいる

泥の中にいても
その楽しげな音がきこえる
つい、魚は歌ってしまう

あう う い う あい あい う
あう い いい う あい い う

泥したのほうから
魚のうたが
しずかにしずかに
響き流れる
2012-05-04 15:04:07