臆病

知らないままでいられないのは
怖いからです
確かめるより、決めつけるのは
怯えているときに
そのほうが、はやくて
楽だからです

……

みちばたに
よごれて、まるまった毛布をまえに
ひざをついて祈る人がおります
わたしは目をいためましたので
わずかにしか
ものがみえませんでした
すこしあるいて疲れましたから
そのかたのとなりに座りました

そのかたは
ちらりとわたしをみて
また毛布のまえに
祈りをつくされました
なにもいわれません

……空は満天の星です
ちかりちかり瞬きのおとが
ながれております

彼がふと声をだしました

わたしはね
目が見えないんです
わたしは、あら、と
つぶやきました
わたしは、
いま、目をいためましたので
あんまりよく見えません

そのかたは少し微笑まれました

ひとがね、
ふたつあるのが
ここからは見えるんです
……ひとつはね
きめつけるんです
なんでもね
怖いんでしょうね

出来事があれば
こういうことである、と
ひとがいれば
その心根をこういうことである、と
人が動けば
その気持ちはこういうことである、と
みえないものや
確かめられないものにしてもね
これはこうだから
こういうことである、
こうである、とね

ふふ、ふふ
彼はくすぐったそうに
わらいます

……悪魔がきたりて笛をふく……

わたしはね
昔だましをしてました
むかし、むかし
たくさんのひとを
騙したんです

それでだんだん
目が見えなくなっていった

……罰なのかもしれないし
老化なのかもしれない
でもね、わたしには
罰をうけたとおもいました
罰をね、そのほうが
こころが、楽だったんです……

……

騙すとき
なにをつかったか
いちばん、なにが
つかえたか
わかりますか

そのひとのね
思い込みや、決めつけですよ
たとえばね
善人とは、とかね、
きめつけるひとはね
かならず、条件付けがあるんですよ

たとえばね
ひとをみてね
こういう人は、だめだ
こうだから、悪人だ
また違う人を見て
こういう人は、いい
こうだから
善人だ

……わたしはね、
まずかれらのそれを見つけることを
したんです
それからね
それを注意深く、
善人のね、条件付けを
注意深く、つかって
寄り添っていったんです

かれらのようなかたはね
記憶も使えましたよ
だから、善、だから、悪
そんな積み重ねばかりだから


ばさ、と
彼の背から羽がふきあがった
真っ黒だった

目が見えなくなっていった、
それとどうじに
ひとのわたしも
なくなっていきました
罰、なのでしょうね

ひとでないものになりはててからもね

ようく、つかえましたよ

これは、だめだ
こうだから、悪魔だ
こういうのが、神だ

……目があったときより
かれらの、その記憶も
条件反射のような、こころのうごきも
てにとるように
わかった


……むすめさん
おぼえておきなさい

きめつけは、わたしのようなものには
とても、利用しやすいものです
……それが、いやなら
怖くても、不安でも
きめつけることや
過去の記憶に、よりかからず
目の前を
たしかめなさい
知ろうとしなさい
たずねなさい
惜しげなく、無知でいなさい

じつはね……
目の前に、であったことは
いつだって
なにも知らないんですよ
ひとはね

どんなに、過去ににていても
無知なまま……

……

彼は泣いているようだった
白濁した目をしていた
わたしも、たずねることができる
無知でいられればよかった

そう呟かれた

そうして、羽根をうごかして
ばさ、ばさと
とんでいかれた

……

やがて
彼が過ぎ去った
高い高い空の
もっと、上から
笛のような音が、
鳴り響いてきた
2016-11-17 18:09:06