劣悪

呪わない
うらまない
にくまない



林道をぬけたところに
ちいさな公園があって
たいていは誰もいないので
よく、ひるやすみに
陽射しにあたたまりにいった

日のひかりに背中をむけて座っていると
ちょうどよく眠くなって
林道にくぎられた空は
いつもすがしく
ビルあいまの音も遠く聞こえる

その日もそんな風に
携帯のタイマ―をかけて
うとうとしていたら、
妙にあたたかな風が肌にすぎて
ふ、とみあげたら
見事な白髪の猿がいて
まっ金色の目をして
わたしを見ていた

ああ、猿だなあと思いながら
またうとうとしていて、
ええ、猿?と
いまいちど見直したら
それはたしかに白髪のじいさんで
わたしを見ながらゆっくり口をひらいた

林のあちこちで
ちいさな鳥声がかわされている
ちちち、ちちち

――なあ、すこし聞きたいんだが

――ええ?

なんだか突拍子もない
突拍子もなさすぎて
変なきもちだけがのこる

――おまえは
自分が
悪い存在だとしたら
どうする?

――……ええ?

それでそのじいさんは
ぽつりぽつりと
話しだす

むかしはえれぇもんだったよ
ぴかぴかの金バッチをつけて
ドラゴンをたおしたりな
おれぁ国たっての騎士だった
ある日、魔物のばぁさんが
いったんだ
おまえはちかいうちに
国を、くるしめる
業となるとさ

どっこいせ、と
そのじいさんはとなりに座り
どこで拾ったのか
タバコの吸い殻をくわえ
火をつける

――悩んだがな
悪い存在を
倒してきたからには
自分が、悪い存在なら
たおさないとな

ふう、と
はいたけむりは
青いいつもの空に
うすくきえていく

――自分が
ひとをくるしめる
悪因だとしたら
おまえは、どうする

――わたし、

こたえようとして
すこし、だまる

灰色の見慣れたオフィスのおくで
あの人に言われたのは
会社にいてもらうと
すこし、困ると言うような
笑顔のままの話だった

きみがわるいんじゃないよ
うちにきみはあわないんだよ

薄笑いも、ことばも
すべて、ぼくがわるいんじゃないと
きこえた

自分が悪い存在だとしたら
どうする

なおせといいながら
なおそうと
もがけば

なおせるはずも
ないと、わらわれる

おまえが
悪い存在だと
言われたら
どうする

――ひとをさばくように
自分をさばきなよ
ひとをわらうように
自分をわらい
ののしるように
ののしり
なぐるように
殴り
怒りをぶつけるように
自分を、いかりな


――ふりあげている手のひらに きづけ

なんでじぶんではきづけない

なんで、じぶんには、どんかんなんだ
ひとには、あんなに
びんかんなのに

――
ひとを、傷つけたとき
あ、このひとは
きっと、わたしを
うらむんだ、と
おもった

きずつけているあいだ
いちども そのひとは
みえなかった

 自分さえ
 みえなかった


――みにくさにおびえ
みにくさに
もがいている
たくさんのひとが
自分のみにくさを、きらい
たくさんのひとが
もがいている



頭のなかで
いっしゅんに思いがいきかう
きがついたら
ぼおっと、おじいさんの
金色の目をみつめていた

――わたし、わかりません

ようやく
しぼりだすようにいったら
彼はくつくつわらった

――おかしなひとだ、嘘だよ
信じるやつもいるんだな

そういう目は金色で
おだやかにほそめられ
オレンジ色をおびていた
2012-02-29 17:16:16