電気の消えかけた図書館は
もう100歳にもなるだろう
よぼよぼの館長の
私設の図書館だという

公設の図書館より
ずっと美しい世界を見せる
奇妙な本たちは
ふかく偏っているが、
それでも
とぎれなく利用者がいる

入り口に設置された
「うんえいぼきん」と書かれた赤い貯金箱は
毎朝500円玉一枚でスタートして
夜までに満杯になる

だれもきていない朝に来て
ふ、と気がついて
500円玉、どうして必ず入っているの、と聞いたら
館長は「はいってないとはいらないってきいたから」と
照れくさそうにこたえた

図書館は「本がひかりをきらう」という
本よりも偏屈な館長の意向で
西側に、2つばかりしか
窓が設けられていない

これまた館長の意向で
その窓は一年に一度しかぬぐわれず
ほこりまみれにくもったガラスからは
日のある日は
あたたかなオレンジ色の夕日が
雨の日はぼんやりとしたうす青い光がさしこむ

その前に古ぼけた大きな机があって
来た人はめいめい読みたい本をみつくろい
そこで読んで、棚に返し、帰っていく

本の貸し出しはしていない

その机で読んだ本の数を
私は覚えていない
13のころから通い始め
もう20年になる

それでも図書館の蔵書には
おいつけない

なにせ館長が
いつも、どこかで
自分が愛せる本をみつけ
買ってくるからだ

本を買ってきたばかりの館長を
一度だけ見たことがある
水色のビニー袋につつまれた四角いものを
丁寧に、まるで可愛い子供のように
両手で抱え込んで
ドアを開け、うれしそうに入ってきた

彼は、たまたまその前にいて
興味深く目をあわせた私に
また、照れくさそうに、
つれてきたよ、と
みせてくれた

赤い表紙に金色の文字で
むかしのひと と
きょうりゅう の
くらし と
かかれていた




ひまをもてあましてきたので
散歩ついでによった
朝から細かい霧雨が降り止まない

図書館の中は、湿気取り機の清潔で真剣で
おもみのあるごおおおお、という音が響いている
それでも、ほこりと、水と、
しけった紙のにおいがいりまじり
たちこめていた

入り口におざなりにおかれたパイプいすで
また愛するために買ったらしい本を
じっと読みこんでいる
館長のはげあたまに、気づかれないように会釈をして
――いつもどおり、ちゃんと、館長は気づかない――
そばの貯金箱に小銭800円ほど入れる
ちゃり、ちゃりん


さてどんな本を読もうと
ゆっくり棚から棚へ歩いていくと
ふ、と
角のところで
たいようのような
オレンジとも金色ともつかない光が
目に入った

気のせいか、と
もう一度よく見たら
それはたくさんのグレープフルーツのかさなりで
その机の後ろ側に
銀髪を赤いゴムで丁寧にいわいた老婆が
顔に灰茶のしわをいっぱいつけて
たっていた
目が合った見たとたん、
彼女がにやり、と笑い
私は叫び声をあげそうになった

いけない、と
胸を押さえ、おしころすと
音のぬけたようなため息が漏れる

あの……と
声に出し、それから後が続かない
老婆はなれっこのように
わたし、あの人のともだちなんですよ
そう、館長の居た方角をさししめす
どうもね
庭でなったグレープフルーツなんですけど
いかが、どくしょのおともに

そういって、また
しわだらけの顔をゆがませるように笑い、
きりきざみ、かわをとった
薄金色のグレープフルーツのひとかけらを
机の上の皿から
つまようじでひとつさし、とり、
私の口元にもってきた

よけきれず、ぱく、と食べてしまって
その奇妙さに、こころがざわざわしたけれど
グレープフルーツはほどよくひえて、
あまくすっぱく、渇いたのどに
溶け込んで、つるつるしずみこんだ

……おいしいです、ありがとう

ひとつ、ごひゃくえんですよ

老婆は、にやにやわらいをはりつけたまま
グレープフルーツの山のとなりに
手をひらひらさせた

そこには、まるい果実の山にかくれるように
むかれたグレープフルーツの実が
紙の皿にもられて
みつ、よっつ、おかれていた
白い紙にうすい金色の染み……

そのかたすみに
はさまるように
かまぼこの板ようなものがささっていて、
縦じまのある青茶に、マジックで
もぎたてフルーツ
1皿500円、
3皿1300円、と書かれている

じゃ、2皿ください、
そういうと
老婆は1000円です、マイド、とこたえ
皿をふたつもって
差し出してきた

私は小銭入れから1000冊を取り出し
皿をもらう前に机において
それから、ようやく
老婆の隣に
学生服を着た少女がいることに気がついた

図書館の一冊
――つののあるどうぶつだいじてんと書かれた豪華な絵つきの本――を
夢中になってよんでいる
本に顔をむけていて、よく見えないけれど
そのようすから
彼女のすべてが、本にはいっているのがわかる
みじかい、赤い髪の毛に、きれいなうなじ

あの絵本、えぞしかがきれいなんだ
そういえば、私も読んだ
13のころ
軽い思いかえしに、くらくらして
彼女を見つめていたら――それでも彼女は気づかない――老婆がいう

むすめなんですよ――

――むすめ? まご、では なくて?――

失礼なことを聞き返しそうになり
ああ、そうなのね、と
なんの返事にもなっていない返事をして
フルーツをありがとう、と
2皿を胸の前にひきよせた


午後5時
ごおおと、なりひびいていた湿気とり機の音が
つかれたように、がたん、ととまり
無音になったそこに
さしこむように
さあ、さああ、と
雨の音がひびきはじめた

西の窓からは
金色の夕日がさしこんでいる
みあげれば、にごったガラス越しに
おぼろげだけれども
茜色の空に、
たくさんの白い雲が流れているのがわかる


読んでいた本をとじ、
まだ3もりぐらい残っているフルーツに手を伸ばすと
いつ、どこからはいってきたのか
ちいさな白い蝶が
薄金色のグレープフルーツの実に
ひらひらたわむれ
私が手を伸ばしたことにおどろいたように
またはなれ、ひらひらととんでいった

いつもの顔ぶれ
サラリーマン、おじさん、おばさん、こども
じょしこうせい、OL、
誰も彼もが本を読みこんでいる

そうして、誰も彼ものとなりに
邪魔にならないように
グレープフルーツのもられた皿が
おかれているのをみて
なんだかおかしくて
わらいそうになった

あまい赤い
夕陽にてらされ
きらきらと
みずみずしいフルーツがひかっている