魔王をすべての悪者
すべての元凶として
たおせたら
すべてが幸せになる

それは多分
とても、きもちのいい
おとぎ話なんだろう



浮気は親族への虐待
そういったのは
誰だったでしょう
その言葉を思い返すたび
わたしは、少しの人たちの顔を
思い浮かべます

純愛だった、無心だった
ピュアだった

そのひとたちは
少なくとも1人の人間を
くるしめている気持ちもなく
他愛ない言葉で
それを飾っていました



私の父は勇者でした
「魔王」をたおした、あの勇者です
英雄となり、
世界に平和をもたらしたごほうびに
城下町にいっとう立派な家をもらい
母とともになりました

母は、「とてもたよりになって可憐だった」
ソウリョウだったそうです

父が冒険仲間だったもう一人の女性
「魔女」と駆け落ち同然に、
一つの手紙を残して消えた朝
わたしは「傾いた」と感じました
なにがかは、うまく言葉にできません

ただ、ずっと、そこにあった違和感が
かたちになったとき
おそろしく、つまらない思い
――肩が抜け落ちるような思い――と
わずかながらの衝撃
それと、妙な安堵を味わったのを
覚えています

その日の朝、傾いた日
母は台所の椅子に座って
ぼうっと、外を眺めていました
色がすべて少ないのに
母の一気にやつれた笑顔
――笑顔でした――だけが
とても鮮明に残りました

「これからどうするっけ」
父の手紙を読ませてくれたあと
そう、母は
私にたずねました



父の手紙の一文

魔王を倒して
英雄になった
いい人になれるかと思った
幸せになれるとか
人を、君を、
幸せにできるとか
思った

これでずっと
笑って暮らせるんだ

かんたんに
そう思えた

魔王がすべての元凶で
すべての悪い源で
それを絶てたら
悪いこと、悪い日々が
なくなる、なんて
都合のいいおとぎ話だ

馬鹿みたいに
信じていた

申し訳ない



「いやになるわ
近所中が知っているみたい
そんなこと、ないことも
わかるけれどね」

1週間もして
父がいないことにも慣れて
ようやく私たちは一息つきました

「見捨てられた私、って感じ
でもお酒におぼれるのも
嘆き暮らすのも
ほかの人みつけるのも
なんだか、疲れちゃったわ」

そう、母はさみしげに笑って
あなたは学園でいじめられていない?と
聞いてくれたので

いいえ、大丈夫です、と
答えました



傾いた日も
その次の日も
街は変わらず明るく
人々は、私たちの胸うちの
激変など、わかりもしないで
ただ、ふつうに
暮らしているようです

朝も明るく
夜は暗く

私が変わっても
日々が変わっても
ああ、いつもは、
いつもとかわらないんだ、と
思えました



うわき、というものを
考えるたび
逃げた父の手紙の
文字の尖りを思い出す
ともに
いくにんかの、知り合いの
浮気人の顔を
思い出します

――純愛、青春、ピュア
――一人の人を好きになり続けるほうが不埒
――無心、欲のない恋

彼らはその裏で
苦しんでいる人の顔を
思ったりは、しなかったのでしょう
ひとつゆの罪悪のない不埒さ

楽しんでいたんだろうな、と
思うほどに、
少しの不愉快さを覚えます

自己憐憫に浸る人ほど不愉快で
みにくかった

あなたは加害者で、くるしめた側で
被害者ではないのに、と
思えました



数か月もすれば
「父という人がいた」と思えども
未練も、胸の痛みも消えていきました

父の手紙に
にじみでていた、苦悩が
わずかばかりか
私を慰めてくれたのでしょう

いまではもう
冒険に出かけながら
魔物と小競り合いのおりに
次の剣はなんにしよう、とか
次の魔法は何を覚えよう、とか
そういったことを考えた拍子
そんなこともあったと
思いかえすばかりです



冒険の夜が更けると
キャンプをはります
もうそういった魔法も
とても得意になりました

野菜と肉を適当にいためて
カレー粉であじつけたものを食べながら
ともにいるともだちの
横顔を見て
ふと、思います

ともに在ることの
在りえないほどの
ありがたさ

きっと
どんな冒険より
ひととともにあり
ひとりひとりとして
互い、幸福をめざすことは
困難なことなのかもしれません

私は人とあれることが
奇跡に思えるのです

友達はそういった話を
静かに聞いてくれました

しずかに
しずかに
夜が更けていきます

もうすぐこの人の誕生日ですから
この冒険で
ちいさな石でも
買おうかと思っています