調べていくと、詠美の病気は病気ではなく
悪魔の呪い、だということがわかってきた
と、東郷は浅く薄めた酒を飲みながらぽつりという

呪いということは呪った相手がいるということだけれども
わかっているのかい、と
酒の婆が言う

――きっと他ではもっとましな呼び名があるのだろうけれど
この薄暗い路地裏のバーで、
彼女は酒の婆、サケバだの
呼ばれている――
おんとしいくつか不明、白髪としわがきれいな青い目の老婆――

だいたいわかっている、と東郷

自分は詠美の様子を思いだす
昼の明るさ、陽気さ普通さとは真逆の
夜の詠美



口から黄色い泡を吹き、
たまに笑いながらなにものかと何かを話している詠美
目はうつろににごり、どこも見ていない
体がかゆいのか服をはだけでかきむしる
そうしてぶつぶつまた話す
皮膚が爪のあとで赤く染まっていく
普段は白めの詠美の肌は、赤くうすぐらくなり
臭いのする汗がたびたび吹きあげ、玉になってしたたり落ち
きれいに整った桃色の髪の毛も、むごたらしく汚らしく
それにまとわりついていた

朝になるとなんも覚えていないんだよ、
東郷はその詠美を俺に見せながら言う
冷蔵庫前、部屋に入らず
酒を自分のグラスに注ぎながら

質素な部屋だなぁ、といつも思っていた
質素というより物がない
東郷がとった詠美の写真が壁に1枚
それ以外は布団、たたまれた机、ノートパソコン
台所に冷蔵庫と棚

その様子、ひどいだろ
また、東郷が言う
俺はしかれた布団の横
のたうちまわる詠美の前、
すわりこんで何を言っていいかわからずに、困りはてた



酒場の電球がぶううんと、うなりごえをあげた
どうやって調べたんだ、呪いって信じているのか?
聞きたいことはあったけれど
やはり生来のくせのようなもので
いつも、俺は
どういっていいのか、何を言っていいのか
わからずに押し黙ってしまう

詠美にそれとなく聞いた
詠美もよ、覚えていなくても
何となく自分が異様なの、わかってんだろうな
いつごろから、異様なのか
はっきりしていてよ
ネットでよ、いたよ

東郷にも癖があって
緊張してくると、しゃべり方が変わる
語尾があがり、言葉が上ずる

この女にからんだときから
ちょっとたいちょうがおかしいの
わたし、よるとか
へんじゃない?
わかんなくてこわい

そういってたわ
みしてもらったら
本当に、異様な女、
ツイッターでよ
なんでかかわったのか知らないがよ
詠美のこと名指しでよ
詠美が、錯乱する時間とあわせて
変な言葉をつぶやいていたよ

時間見て、ツイッターみた
やっぱりなんどもタイミングあうんだ
間違いないわ




それでどうしたか、というと
どうもせず
何せ何がしのことがあるわけでもない
一回の人間が
いきなり「あくまののろい」が知人にかかったからと言って
どうできるわけもなく
ただ、東郷と酒を飲み交わした

そういうことになって俺は初めて気が付いたのだけれど
東郷は、詠美に、本当に惚れているのかもしれない
少なくてもただ付き合っている程度ではないのだろう
たまに「どうしていいかわからない」とつぶやきながら
真剣な目つきでじいっと酒を見たりした

どうにか、なんとかしようと
考えているのがわかった



あんまりにも異様だろ、
症状からしらべていったら
悪魔の呪いにあてはまって
それでさりげなく詠美に聞いたら
異様な女とかかわっていて
そいつがどうも呪いではないか、
そんなようなことしていた
まとめるとそれだけだ

でも、根拠もないのに
そいつを見た瞬間
「こいつが詠美に悪魔の呪いをかけたのだ」と
確信していた

確信したんじゃなくて
確信していたんだよ
ずいぶん静かに、
「たしかさ」が、腹の中にできていた

そう東郷が言う

そのいようなおんなが
ネットの上では涼しい顔をして「きれいなこと」いっていて
そのくせ、これだ、と思えるような「呪い」を
つぶやいているのが、むかついた、と



ふと、気が付くと
じいっと、青い目の老婆
――そういえば俺は彼女の名前を知らない――が
俺たちの話を聞きながら
東郷の右腕をみつめていた

東郷の右腕には「詠美がかみついた」という歯跡がついていた
まっかになっていて、「詠美には内緒」だと
夏なのに長袖を着ていた腕

老婆の瞳は奇妙に澄み、
どこかにしずみこんでいる
蒼く、冷たい色をたたえていた
それを見ているうちに
なにか変な気持ちがわいてきた
この世がこの世でないような
現実が現実でないような、不可思議が真実であるような気持ちだ

いけない、と
頭をひとつふって見上げると老婆と目線があった
彼女は笑いもせず、だけれどどこか微笑んでいるかのような雰囲気で
「今度詠美さんをつれていらっしゃい」といった
「ここでお酒でも飲みなさいよ、あと病院いったほうがいいかもね」
「どう説明すればいいんだよ」
東郷が困ったように言う
俺もそれはそう思った
昼間はとにかく普通なのだ、きれいでかわいい詠美なのだ
夜だけの異様さをどう説明すればいい
「そうねぇ……詠美さんから、
夏なのか気分がふらふらする、とでもいわせなさい」
そうしてしわをゆがめて笑う
「とにかく気力体力がいるでしょうからね」
それから、これはサービスね、と
棚から奇妙な酒を出してついでくれた



それから、詠美の夜の様子はじょじょにおさまっていった
とくに、詠美を酒場につれていってから
どんどん、よくなっていってるんだよ
今はたまに笑ったり、誰かと話したりしているだけだ
――それだけでもずいぶん異様だけどな――
そう東郷がいう

――……あのひと、魔女なんかな――
サケバのことだろう
俺はあの夜のあの目と雰囲気を思い出して
胸が騒ぐような気持ちになった

それでも、なんでも、
彼女の酒場での話が
詠美にずいぶんいいのはわかるし
サケバに迷惑かかってもよろしくないから
誰にも言わないことにしようと
俺たちは約束した



それから「あんなこともあったか」というほど
すっかり詠美が明るくなり、夜のほうも普通になって
しばらくしたころ

そのバーで、詠美と東郷と俺は快気祝いをした
サケバもうれしそうに、
また、サービスだと奇妙なお酒をついでくれた
――聞いても教えてくれない、不思議な味のする酒――

その時、東郷がぽつりとつぶやいた
詠美のろったやつさ
なんか、死んだみたい

詠美がぞくっとした顔で、東郷を見る
やめようよ、その話は

もう知ってるんだね、俺はいう

うん、東郷にきいた
まじ?って思ったんだけど
ムービー、あ、東郷がようやくみしてくれたんだけど
あたしのその時の様子、東郷とってくれてて
それみたらまじっぽい、っていうか
呪いマジとしか思えなくて、いやだった


東郷はサケバを静かに見ながらつぶやいた
ツイッターでいろいろ言っていたよ
詳しくは知らないけれど、様子から
そいつ、狂い死んだように思えた

のろうってそういうことだよ
サケバが、誰に聞かせることでもないように言った
みているうちに、
その真っ青な目が、
どんどん透き通っていく

現実に帰れるうちに帰りなさい
どこにいっても、どこにあっても
呪ってはいけないよ

そう、笑った