そろそろ、こえようか

いってはいけない
だから
いわずにきた思いは
シーラカンスのように
死にもせず 進化もせず
死海の底で
ゆらゆらゆれている



月をしばらくみて
寒いなぁ、と思う
もう、寝ようと窓に手をかけたら
猫がにゃーん、と
さけびながら飛んできて
ああ、今日は良い月夜ですね
そういわれる
そうですね
にゃあ、にゃあ
にゃあ、にゃあ
猫がはなしだす

ねむいのになぁ、そう思いながら
猫の毛並みが荒れているから
追い出すこともできない


―― あのね、寒い夜に
さむくて、寒くて寒すぎるとね
あったかくなりたいと
願ってしまう
あったかくなりたい
願いながらね

―― 昔もらった手紙を見返してしまう
寒すぎて
なぜか
もっと
深い寒さを
みたいと
思ってしまうのよ


「ピン呆けカメラで
 あなたをとったら
 ぼやけてみえて
 かなしかった」


猫の声を聞きながら
不意に、思い出す
あの人との
最後の、会話

内容さえ
ろくにおぼえていない
なのに
声だけ、覚えている

好かれているのか不安だと
いつも、あの人は
いっていた

さびしそうだった
なぜか、人を愛せない人だと
はじめから、わかっていた

思い出を
おもいかえし
おもいかえし
味わいながら
猫の話は続いている

―― なんとなく
わかったんです
ようやく
わかったんです

―― 胸の痛み だれかのせいだと
あるいは だれかのためだと
思っていた

―― 私の痛みだったんですね

月を見上げると
真っ白い月が
ひかひか
ひからびるほど
光っている

猫は鳴いて、
その声が
慟哭のようだ、と思う

―― 今は思う
 わたしと にている人を もとめていた

―― 支配なんか したくない

 ごめんね

―― ねがう わたしから じゆうになってください

 わたしのしはいを うけないでください

 そんな馬鹿な 自意識過剰
 そう、笑われそうな願い

 願っている



猫が急に、私の手をにぎりしめ
にゃあ、と
わらう

ねこがわらった、
おかしくて、なのに
顔がゆがんだ


―― そろそろ、こえませんか


―― そろそろ、こえませんか

お前は誰なんだよ



まいにち まいにち
一進一退で
さがっているのか
すすんでいるのか

どうして こんな風に 産まれついたのか
うらんだって
にくんだって
仕方ない

憎んでいても 恨んでいても
怒り狂い のろっていても
愛していないとは いえない

人生も じぶんも 人も、愛も



許しが人ではなくて
自分が自由になることなら
自由は、自分の血の味がする



―― そろそろ、こえませんか


そうだね、そろそろ、こえようか

笑ったら、おかしいのね
おかしいな、笑ってんだもの

どこかで誰かがとばしたのか
タンポポの綿毛が
月明かりにひかりながら
空に、流れていた
2012-01-22 18:04:58