鬼と酒

静かに花が咲いておちていきます
その音を聴きながら
鬼からもらったお酒をあたため
準備をしています
今日はたくさんのお客さんがいらっしゃる

あと数時間もしないうちに
この家はさまざまな音をたて
人のこえで満ちるでしょう

でも今は誰もいない

旦那様は
半時まえに
お客様をむかえにいった

ゆきがふらなきゃいいけれど

誰も聞いていないのに
口から言葉がぽつりともれる

庭の花は咲時なのか
やけに赤くそまった花を
ふんわり咲かせては
風におちていく
ぽとり、ぽとり

……

時計のおとが
かちりとなって
ぼぉぉん
ぼぉぉんと
ふたつ、ならした

2時なわけない
時計もずいぶん年だから
くるってしまったのだろう
旦那様がかえってきたら
こっそり伝えなきゃ、
忘れないように
エプロンのポケットからメモ帳をとりだして
「とけい、くるう」とかきしるす

窓からみる外はもう暗く
わずかに、夕陽の赤色が残っている

ぼぉぉん……

ときをおいて
ため息のように
時計がまた、ひとつないた

……

お湯がよくなったら
お酒のびんをいれたまま
火をとめて
湯に塩をいれる

角のよい寿司屋で注文した特上寿司は
もうすぐくるという

……

ぴんぼん、と
チャイムがなる
はーい、と
声をあげてでようとしたら
目の前に鬼がいた

酒を少しもらった
なにせとしのせで
いろいろ忙しくてな
……力がこってしょうがない
のどがかわいて

……うにゃうにゃと
なにか言い訳がましくいう

まあ、そんなわけだから
また、かっておいてくれ
今日のぶんは
喉の乾きにまかせて
全部のんでしまったから

……

ふ、と気がつくと
台所でぼうっと座っていた

ぼぉぉん
ぼぉぉん

時計がないている

あれ、と
声を出す
あれ、
窓から夕陽がさしている
いましがた
旦那様がお客様を
むかえにいった時のように
赤く金色に

あらあらまぁまぁ
意味のない声をあげながら
立ち上がれば
からの鍋のまえに
これまたからの酒の瓶が
みっつ、ころがっていた

ふ、と
なにかに呼ばれた気がして
ふりかえったら
庭の花が
すべて、散っていた
2016-11-25 16:40:38