彼は暴力を愛していたのだろう
じっさい、彼が
「僕は暴力をあいしている、
何て可愛らしい姿なんだろう、
暴力とともにあるものは!」と
つぶやいているのを、みたことがある



彼はみずからの背にあるものに
名前をつけて可愛がっていた
それはたんなるこぶに見えたが
彼にはなにか生き物に見えたらしい
彼は自身を多重人格であるといっていた、
すこし、じまんそうに

「夜中によびつけられ、
なんだとおもったら、
殴りたいだけ、で、
なんべんも殴られた」と、
彼がまだ権力をもっていたとき
そばにいた人たちは口々にいう

彼はひとが好きなようにうごかないと
よく、あばれた



彼はひとりをターゲットにして
絶対に完全に「悪人として扱う」をしていた
おとしめること、ののしることを
ひとりに集中しておこない
まわりには愛想をふりまく
それが彼の日常だった

――彼のひとをおとしめる声を
いまだにおぼえている
じぶんに対するものでなくても
あまりにもいやらしく、みにくく
汚ならしかった

にちゃにちゃと笑っているような声で
なんべんも「ああ!」と、感嘆しながら
好きなだけ好きなようにののしるのだ
言いがかりに近い人格否定
なにからなにまで責め立てて
おしまいに
「かみよ!このつみぶかいひとをおゆるしください!」
と、嘆き叫んで
相手の顔をみるのだ
まるで、相手がちゃんと傷ついたか確かめるように――

――彼はいつまでも被害者だった
悪人としたひとを嘆き
意のままにうごかないまわりのことを
ききわけのない、
わからず屋なひとたちだと嘆いた
ため息と、あきらめと、ほほえみ混じりに――

――彼が悪いとしたひとを
まわりが悪いと扱わないとき
彼はまわりにいった
「どうしてわかってくれないの?」
まるで優しくしかりつける指導者のように
「どうしてあれを好くの?
だまされているんだよ」

――悪いとされたひとは
彼にあれと呼ばれた、
まわりが名前で呼ぶと
彼は怒り狂った――

「君らがだまされているのは、
ふかいなんだ、そういうの、
ほうっておけないんだ」

それから、まるですばらしい演説のように
悪いとしたひとのおとしめを
まわりにまきちらせた――



彼は、悪いとしたひと以外を
逆に、理想的な善人に思い込んでいた
なにがあっても、「善人」として
そうでないことをみとめなかった

「君らがぼくを嫌うはずないだろう、
ぼくはひとを信用しているんです
信じてしまうんだ
嫌うなんてひどいこと
できるはずない」

彼は、誰かが彼をきらったり
ずさんなあつかいをしたりしたら
すべて悪いあのひとが
しくんだのだ、だましたのだ、と
思い込んだ



彼はたまに、ふと気がついたように
どうして自身がそうするのか、
わたしたちにたずねた
ほんとうにわからないようだった

私たちにも、わからなかった
たぶん、暴力を愛しているのでは、と、
答えるしかなかった

彼はあきらかに暴力が好きだった



彼は彼の背中にあるものに
きれいななまえをつけ
可愛がっていた
それはたんなるこぶにみえたが
彼がいうには、守りものであり
なんまんべんも
危機から救ってくれたらしい

「これが僕をみちびいてくれたんだ
ほらごらん、僕を!
よくみてごらん、
こんなにも、好き勝手にできるんだよ」



彼の妄想――執着している夢想
――彼がまだ権力をもっている、とか
素晴らしいものである、とか
誰よりも優れている、とか
だから
みなは彼にしたがうべきである、とか
――
あの人は悪いひとだ、とか
彼はみんなを愛している、とか
彼をみんな良く思っている、とか
――
そういった妄想に
事実をつきつけ、
こわそうとしているものは
何人もいた

だれもが
見るに見かねるのだろう



私がここにくるすこしまえ
彼は、三人も自殺に追い込んでいた
卑劣な手口で、いじめぬいて

「力がなくなったから、まだまし」
前からいたひとはいっていた
「ひどいときは
一日ごとに自殺があった」
そのひともずいぶん疲れはてていた



彼は誉められるのが好きだった
そのため、不細工であることをはじめ
彼の現実をふかく嫌っていた

彼はなんまんべんも、
まわりのとらわれひとたちに、
すばらしい、とか、美しい、とか、
いわせた

彼は、彼自身が、彼を
そう思えるようにふるまうことも、
好きだった

かれの、慇懃無礼で
おしつけがましいヤサシサを
だれもが、一度は体験した



彼が死んだ朝、誰もなかなかった、
笑いもしなかった、
言葉もはなさなかった

彼の棺桶にむかって、
彼にずたずたにされたもの、
思考もなにもかもうばわれ
彼のそばにいるしかなかったものが
「いきかえるな、もう、いきかえるな、」と、
必死に、つぶやいていた

彼は幸せだったのだろうか
焼けていく音をききながら、
ふと、そう、おもった

彼は貧乏だった、
もう、権力などまるでなく
望んでも、なんにもあたえられず
ぼろぼろのアパートに監視つきで押し込められて
最後までしていたのは、
ひとのおとしめだけだった

ともだちも、かぞくもなく、
みな、彼を軽蔑していた
こころから、軽蔑していた



彼はいつも、そう思ってしまうことが
上手だった

どんなに事実をつたえても
思いたいように思ってしまう

たとえば、もうあなたは年老いているんですよ、
というと
「年老いているってことは、
ここまでいきながらえているってことは
神様がぼくを信頼し、
ぼくを必要としてくれるんでしょうね」と
みょうな自信につなげていた

思いたいように思うため
いろいろなことを考えていた
「……ってことは、こういうことだ」と、
事実を意図的に
つごうよくねじまげつづけていた

ねじまげてしまう彼の思考
「ってことは」という口癖を、
みな、憎悪していた



彼はまるで聖人君子のようにふるまった
そうふるまうのがすきだった
みんなに好かれ愛されている、と
思い込むのも好きだった



「思いたいように思うのは見事でしたよね」
最後にのこった、
彼の世話役だったひとがいう
この人がきてから、短い期間だった
あっという間に彼はしんでしまった

――死なないことを
神様が認めている証とごうごして、
いつまでも、暴言と暴力――支配欲と嘘を
ねぐらにしていた彼が
死ぬときはほんとうにあっさり、しんだ

最後の世話役さんは
頭のいい人で、短いあいだに
誰からもたよりにされはじめていた
――そうして、そういうひとは
いつも彼の標的にされたから
みんな慎重に彼の前で
このひとを頼ったり、ほめたりするのを
さけていた――

「思いたいように、おもえたら
彼は満足だったのかもしれません」
世話役さんがいう
「事実がどうあっても、
どうでもよかったのかもしれません、
彼が、≪そうおもえた≫なら
それでよかったのでしょう」

あ、このひとも
彼の焼ける音を聴いている、と
きづいて
私は誰にもいっていなかったことを、
ふと、ことばにした

「あの、わたし、彼のこぶに、
彼のいっていたものか、わかりませんが
ついていたのを、みたことがあります
気色のわるいものが
彼のこぶに、しがみついていました」
手のひらの数珠がゆらぐ
「それがかれに、
その、甘い嘘をついていたんです
このひとはお前が好きらしい
そう思えるだろう、とか
お前はとくべつだ、
そう思えるだろう、とか」

「……黒っぽくてほそながいものですか」

「はい」

「それ、みんな、一度は見ているようですね」
なんでもないことのように
そのひとはいった

私はすこしふるえた



痩せほそって目ばかりギラギラし
茶色く黒く、くちがながく
手足がほそながく
頭がこぶだらけで
ひとでないようなもの

彼のこぶに食い込むようにしがみついて
たまにこぶにくちびるをつけて
なにかをすすっていた

彼はそれをマザーとよんでいた
それは、
彼が事実をつきつけられたり
やりこめられたりするたび
なにかを彼にささやいていた



――僕はしあわせなんです
みてください、ぼくを
なんにもないけれど
こんなにも満ち足りている――
――ああ、かみさま!感謝!
ただ僕は
きみらのような人達がいるだけで
幸福なんです
幸福になってしまうんです――



彼は彼のこぶについた
薄汚いものを
愛していたのかもしれない

今思えば、それは彼の顔ににていた